[#表紙(表紙3.jpg)] 美女入門 PART3 林真理子 目 次  賢い女のやり方[#「賢い女のやり方」はゴシック体]   一緒にお食事しませんか?   命短し、痩《や》せろよ乙女   余計な推測   どうぞ、お試しください   おサイズ、お探しします   ミーハー菌も、伝染《うつ》るんです   悪女の時代がやってきた   ころぶな! ガンバレ!!   面白うてやがて悲しきショッピング   ナマにしてください   勝ち気なH   ダンスがうまく踊れない   やれる女   デカ顔自慢   たらたら未練   遅すぎたダイエット   バッグ貧乏  モテる女の人生[#「モテる女の人生」はゴシック体]   コナ撒《ま》く女《ひと》   縁遠い女の正体   結婚しない男   添えもの人生   NYお買い物ツアー   整形疑惑   そうよ、ワ・タ・シはゴージャスな女   ストック・ウーマン   テレビ出演プロジェクト   いいタマしてるじゃん!   指の�てん足�   アルコール豹変女《ひようへんおんな》   リバウンドの都・パリ   妄想の都・パリ   フランス人になるの   下心が消えるとき   ジッパー全開!   風邪にご用心   ハグレ者の人生  つかの間の美女気分[#「つかの間の美女気分」はゴシック体]   寄せては返す美女の波   私の勝負着物   ジジ専な人生   着たがる女、脱がせたい男   割りカンな二人   歓迎されざる客   蓼《たで》食う女も好き好き   お肉が来た!   皆さん、お早い   人気って、何なの?   ジーンズ禁止令   ミルキー・オーラ発信!   ヒトヅマの選択   真夏の悲劇   まつ毛ってやつは…   生キムタクに接近   男・コート説 [#改ページ]     賢い女のやり方 [#改ページ]   一緒にお食事しませんか?  最近あるアイドルと仕事で会った。名前を言えないのが残念なぐらいの、超大物と思っていただきたい。  さっそく根掘り葉掘り聞く私。最初はかなり警戒されていたが、食事が始まる頃にはやがて彼の口もほぐれていく。年頃の男のコだから、やっぱり恋人が欲しいそうだ。けれども同じ芸能界の人は、なんかめんどくさくてイヤ。あちらもマネージャーがしっかりガードしているので、近づく隙がないという。 「だけど僕なんかが、普通の女のコと知り合うチャンスなんかまずないんですよね……」  ちょっと淋《さび》しそうだった。日本中の女のコが渇仰するハンサムでカッコいい男のコ。そのコが、どうやって女のコと知り合ったらいいのだろうかと悩んでいるなんて……。私は感慨にうたれた。  うちの親戚《しんせき》でOLをしているのと、女子大生をしているのがいる。が、どっちも年上だし、彼がひと目|惚《ぼ》れしてくれるほどのルックスでもないしなあ……。ああ、惜しい。なんだかわからないけどすごくもったいないと思う。私はその夜、この話をいろんな女友だちとしんみり話し合った。 「よくさ、スターと結婚したり、恋愛したりする普通の女のコってさ、偶然、�打ち上げパーティ�に来て、っていうことになってるけど、打ち上げに来ること自体、もう普通の女のコじゃないのよねえ」 「そうよ、そうよ。テレビ局やコンサートの関係者とコネがなきゃ駄目なのよ」 「結局、芸能人が接触出来る�普通の人�は、スチュワーデスかアナウンサーということになって、みんなああいう人にとられるじゃん」  普通の女のコなら、誰でもこの種のシンデレラ願望を持つ。どこといって取り柄もない普通の女のコ。が、彼女の強味はこの普通さ。彼女がふとしたことから、今をときめくアイドルと出会う。美人にさんざん飽きてる彼の方は、この普通さが気に入って彼女のことを好きになる。そお、少女マンガによく出てくるパターンですね。  が、私は断言してもいいけど、この�ふとした�ことなんか起こるはずはない。アイドルは電車にも乗らず、道も歩いていない。飲むところだって限られているから、まあ、普通の女のコが隣に座って気軽に話しかけるなんてことは出来ないだろう。  普通の女のコが、スターと出会うことは全くない。全くないと言いきってしまうと淋しいので、私がちょっと裏技をお教えしよう。それはお稽古《けいこ》ごとの世界ですね。私が習っている日本舞踊の世界では、普通の女のコが、歌舞伎俳優の御曹司と仲よくなるということが結構ある。お稽古場で会ったり、発表会を手伝ったり、何となく、という感じですかね。この他、ワインスクールへ行き、某俳優さんとつき合うようになった友人がいる。  あとは最近、キムタク静香カップルで注目を浴びた、サーフィンや釣りの世界もいいみたい。こういうところで芸能人は普通の人扱いされるのを好むからだ。が、近づく方も当然テクニックがいって、絶対にミーハー気分を出さないこと。こういうのを有名人は非常に嫌う。  が、まあ確率は宝クジ並みだといっておこうかしらん。そんなことよりも、どうやったら恋人を見つけられるか、ということの方が普通の女のコにとってはずっと重要であろう。私のところへは、よくいろんな方から手紙が届けられる。中で目につくのは、 「恋人がいない。どうやったら見つけられるのかわからない」  というやつですね。「アンアン」でもよく特集される永遠のテーマである。私などまあ水準以上の女のコが、学校や職場に放り出されたら、すぐに恋人が出来るのがあたり前だと思うけれども、世の中はそんなに単純にいかないらしい。 「職場に全然いい男がいない」  と手紙は続く。それならば合コンというテがあるんじゃないかと思うのだが、 「合コンに来るのに、ろくな男がいない」  とくるわけだ。こういう女のコに限って、もの凄《すご》くロマンティストだったりする。新幹線で隣り合わせる。あるいは何かトラブルがあった時に、突然現れて助けてくれる。海辺でふと目が合う。あるいは本屋で偶然同じ本に手を伸ばす……エトセトラ。  マガジンハウスに、テツオとハンサム度を競ったA氏がいた。未《いま》だに結婚出来ないテツオに比べ、彼はもうとうにパパになっている。そのA氏が独身の頃の話だ。成田からの帰り、後ろから来たタクシーに追突された。そのタクシーにはスチュワーデスが三人で乗っていて、一応名刺交換をしたそうだ。そうしたら一週間もしないうちに、 「一緒にお食事しませんか」  という電話がかかってきたそうである。恵まれていると思われてる彼女たちだって、頑張っている。いい男を見つけたら、チャンスを逃すまいとする。いい男がいない、とぐずぐずしてたらもったいないじゃないか。  私はつい先日、年下の男のコとごはんを食べた。久しぶりに会ったのだが、いい男になっていてびっくりし、さっそく私のリストに加えたのである。いったんは手放しても、時々はチェックを入れる。男の人はどう変わるかわからん。そして選択の幅を拡げていくのが賢い女のやり方である。 [#改ページ]   命短し、痩《や》せろよ乙女  食べないことの言いわけにしていた「春のダイエット週間」も終わり、今や季節は初夏に突入している。が、私のダイエットはまだまだ続く。  普通ならとっくに終わっている(挫折《ざせつ》している)ところであるが、ご存知のとおり今は週に一度、指導してくれる先生がうちにやってくる。授業料も先に払ってある。やめようとしてもやめられないのだ。  私は頑張っている。こんなに長く続いたダイエットは初めてだ。まわりの人たちからも、 「ハヤシさんって意志が強かったのね」  意外だわと誉められる。  しかし肝心の体重であるが、前の週は一キロ減っていたかと思うと、今週は〇・六キロ増えている。昔の演歌ではないけれど、 「三歩進んで二歩下がる」  という感じ。この空しさをどう言ったらいいのだろうか。ダイエットの先生は言う、 「ハヤシさんは便秘がひどいから体重が落ちないんです。もっと水分を摂らなくてはいけませんよ」  以前にもお話ししたとおり、私は�水飲まないっ子�である。缶のウーロン茶やドリンクも、最後まで飲み切ったことがない。食べ物はすごい勢いで食べるのに、水はいつもちびちび飲んでた。それが長年にわたっての便秘になるんだと(ビロウな話ですいませんねぇ……)。  私は悩む。いろいろ考える。が、先生はさらに忠告する。 「神経質になると、そのストレスからますます体重は減りませんよ。ダイエットのことはすっかり忘れて日常生活をおくる。だけど食べ方は実践する。これが大切なんです」  が、二ヶ月にわたるダイエットのストレスは、もはや私の身体を蝕《むしば》み始めている。  フラストレーションが起こって、何をするかというとですね、お買い物狂いが始まったのだ。サイズが小さくなったこともあり、お洋服をどっちゃり買う。それもひとつのブランドだけでない。いろんな店に飛び込んで、あれこれ買ってしまう。もう�大うさぎ�状態である。  このあいだはなんと、宝石にまで走った私である。今まで、私は、お洋服やバッグの類はやたら買うが、宝石には手を出さなかった。ああいうのはおばさんのもんだと思ってた。ところがダイヤをちりばめたシンプルなクロスを、見たとたん買ってしまったのである。  なんとか支払った次の次の日、またもやお洋服をまとめ買いした。もう自分でも信じられないような行為に及んだのである。来月には仕事でミラノへ行く。あそこで私がおとなしくしているはずがない。おそらくカードで買いまくることであろう。  そして今日、出かけようとしてリングをはめたとたんびっくりした。体重が落ちると指のサイズも違ってくるのね。今までくすり指にはめていたものがゆるゆるになり、中指にすることになった。これじゃリングのサイズをすべて詰めるか、新しく買い替えなければならない。どれも安物ばかりだからいいけど、何だかムダ遣いの神さまが、 「もっと買え、もっと買え」  とけしかけているような気がする。  思えば私の指はぽっちゃりとしていて、人は「赤ちゃんみたい」とか言ってくれたけど、どんなに長いことコンプレックスになっていたことであろうか。男の人から何も買ってもらえないのだ。  ごくたまにのことであるが、ボーイフレンドが、ティファニーやブルガリの前で「何か買ってあげるよ」と言ってくれたことがある。その時も私は大あわてで、 「私、何にもいらない。本当にいらないの」  と叫んだ。男の人が買ってくれると言ったらリングよね。指のサイズを知られるぐらいなら、その場でくすり指|噛《か》み切って死んでしまいたいと思ったぐらいである。  その昔夫がエンゲージリングを買ってくれると言った時も、一緒に行かずひとりで選んだのもそういう理由があったからだ。だけどこの分では、誰か男の人に何か買ってもらうということも夢ではなさそうだ。  が、今、私のまわりにはそんな男の人は誰もいない。ちょっと前まではヒトヅマといえども、デイトする相手ぐらいはいたのに……。今はときめく人さえもいない。  友人が言った。 「あなたのいちばんのストレスは、実はダイエットしていることじゃなくて、ボーイフレンドがいないことじゃないの」  そう、太っていた時の方がモテていたってどういうことなんだろう。  テツオはいつもの意地悪気な笑いをうかべて言った。 「だってあんた、すっごく疲れた顔してるもん。目のまわりに小皺《こじわ》も増えたしさ……」  ダイエットに励んでも、年齢の壁という大きなものがふさがっていたのね。何をしても空しくなるあの壁。 ♪命短し、痩せろよ乙女。赤き唇あせぬまに〜♪  またまた古くさい歌を口ずさむ私であった。 [#改ページ]   余計な推測  これほど一生懸命頑張っているダイエットであるが、あるところまできたら体重が全く減らなくなった。よくあるスランプというやつですね。  しかしたとえスランプだろうと、甘いものには手を出さないようにする。このあいだイタリアンレストランへ出かけたら、世にもおいしそうなデザートの盛り合わせが出た。けれども私は手を出さなかった。  おとといはある集まりで、女性パティシエがつくる評判のケーキとシュークリームを目の前に出された。 「ハヤシさんのために用意したんですよ。どうぞ、どうぞ」  しかし私は断った。が、残すのは失礼なのでこう言う。 「夫が甘いものに目がないんで、これ、つつんで持ち帰ります」  箱に入れてもらう。みんな私のことを、夫思いの何ていい奥さんだろうと思う。一石二鳥よ。  ところで今、世間はキムタクと工藤静香の恋のゆくえで大騒ぎである。テレビや新聞の人は種子島《たねがしま》にまで追っかけていっている。スターっていうのはなんて大変なんだろう。  私のまわりでも、寄るとさわるとこの話題である。 「ねえ、キムタクはどうして静香を選んだんだろう」  若い友人が不思議がる。 「あの二人、全然合わないような気がするんだけどなあ」 「強気なイメージの静香の相手は、やっぱりヴィジュアル系のロッカーがぴったりで、正統派二枚目のキムタクじゃ違うような気がする。またキムタクにしても、鼻っぱしらの強そうな静香じゃなくて、もっと女っぽい人の方が合うような気がする」  と、みんな余計なお節介をしているわけだ。私はこう解説する。 「私はキムタクが静香を選んだワケ、わかるよなあ。いくら大スターのキムタクだって、いろいろストレスを抱えてると思うよ。やれ、仕事でこんなことがあった、あんな記事を書かれた、バカヤローって思うことだってあるはずだよ。  それをさ、今までのガールフレンドはさー、 『ひっどいわ、そりゃあっちがいけない』  とか、 『タクヤにそんなことするなんてヒドイ』  とか必死に慰めたと思うの。女ってさ、ほら好きな男が落ち込んでる時、言葉を尽くして一生懸命励まそうとするじゃん。だけどね、静香はまるっきりしなかったと思う。キムタクが何か愚痴をこぼしかけたらさ、あの鼻にかかった声で、 『いいじゃん、いいじゃん、そんなの気にしないー』  って言ったと思う。それがさ、キムタクの心をどれだけ晴れやかにしたか、私わかるような気がする。今度のさ、種子島行きだって静香が言ったと思う。 『書きたい人には書かせればいいじゃん。それよりかうんと綺麗《きれい》な海に行かない方が損だよ。マスコミが怖くって一生何もしないつもり? このまま年とっちゃうつもりなの?』  とか言ったんだよ」  私は皆の前で、静香のあの物真似をして熱演した。  実を言うとこの私、本物の静香ちゃんに会ったことがある。あれは二年前のことだ。「源氏物語の着物」展というやつだった。二十人の人たちが自分の好きな源氏物語のヒロインを着物にデザインしたのである。大きな展覧会が行われ、各着物にブースがつくられた。静香ちゃんの着物は確か「紫の上」をイメージしたもので、春の野が拡がるような着物だったと記憶している。絵を描く人だけあって、とてもセンスがよかった。  私があたりをうろうろしていると、静香ちゃんがやってきた。どよめきたつマスコミ陣。ついでにという感じで、 「ハヤシさん、静香さんと並んでにっこりしてください」  そこで初めて彼女に会った。本当にあの声で、 「あー、ハヤシさん、こんにちはー」  と言った。愛想がいいわけでも媚《こ》びるわけでもなかったけれど、私は感じがいい子だなあと好感を持った。  しかし驚くべきはその細さである。黒いスーツを着ていたこともあるけど、ウエストのあたりなんか私の三分の一くらいだ。抱き締めたらぽきっと折れそうな感じ。  私はつくづく思う。あったかくて包容力のある女は、ぽっちゃり型だなんていうのは、遠い日の伝説である。今のおふくろさんタイプは、自分もスポーツをバリバリやる。スレンダーな体型を維持出来る意志力、つまり男っぽさが必要条件なのではなかろうか。この行きつくとこまでいった母性社会においては、母親の役割プラス父性の要素だって大切なんだ。ま、余計な推測というもんだけど。 [#改ページ]   どうぞ、お試しください  最近めっきり痩《や》せたと評判のハヤシです。  このあいだモデルのSAKURAさんと「アンアン」において対談することになった。今までだったら着るものは、いつも私の着ているブランドへ行って選んだり、あるいは私の手持ちの中から選んでくれたのであるが、今回はスタイリストのマサエちゃんが、エルメスを用意しておいてくれた。  エルメスといえば、すっきりと背が高い大人の女が着るものと相場が決まっている。そお、私もついにバッグ以外にエルメスを手にする時が来たのね……。  ところでラックには可愛いもんがいっぱいかかっているではないか。私の大好きなピンク系のお洋服。それはSAKURAさん用に借りてきたフェンディのものであった。中でも私がいいナ、と思ったのはホルスタイン柄の革のスカートである。 「いいな、いいな。こんなの着てみたい」  と言ったら、どうぞ、どうぞとマサエちゃんがラックからとってくれた。 「今のハヤシさんだったらはけますよ」  とんでもない。いくら痩せたといっても、あっちはモデルさんなのよ。モデルさんが着るものが、私に入るはずはない。ところがおそるおそるはいたら、ちゃんと入るじゃないの。チャックだって上までいく! こんなことがあってよいのだろうか。嬉《うれ》しくて涙が出てきそう(後で聞いたら、このスカートはヒップボーンということであった……)。  すっかり浮かれた私は、さっそくフェンディの店へ行き、そのスカートを買おうと思った。が、値札を見てびっくり。三十三万円もする。もうちょっとベーシックなものなら買うかもしれないが、ピンクの革のスカートなどというのは人の記憶に残りやすい、こんな大金は遣えないわ……。が、可愛い豹柄《ひようがら》の時計を買った。  そしてこの後、グッチ、レノマのお店ものぞく。あれこれ眺めている私に店員さんが声をかけてくれる。 「どうぞ、お試しください」  どうぞ、お試しくださいだって。この言葉を一度聞いてみたかったの。ここに来るまでが長い年月だった……。ここで皆さんは思うだろう。ふつう店員さんがお試しくださいって言うのあたり前じゃん、他にどんな言い方をするのよ。こういう風に考えるのは、あなたがデブになったことがないからだ。一度デブになってみるとわかる。店員さんは、なんて言うか。 「サイズお探ししますから」  でも私のサイズなんて、たいてい無いのよね。そのつらく悲しいことといったら。  でも違うわ。私のサイズはもういっぱいある。おまけに私は小金を持っている。度胸もある。いってみればこのフロアにある洋服はみんな私のものなのよ! そお、この世にあるすべての洋服は私のもの、あとは私が選ぶだけなの。  が、これだけ強気になった私でも、どうしても諦《あきら》めなくてはいけないものがある。それは靴だ。言うまでもなく、今年はヒールの高いサンダルが大流行だ。私は忙しい中、サロンへ行きペディキュアをしてもらった。今のところ足はいい感じになっている。が、いい感じになったといっても足の幅が縮むわけがない。甲高ダンビロ型の私。おそらくマノロブラニクの靴をはくことなど一生あるまい。マノロブラニクとまでいかなくても、流行のサンダルをはきたいの。今のところミュールを何足か買ったが、やはり夏は甲を出した方がおしゃれっぽいであろう。  そお、夏がくると私は足のことを考えとても憂鬱《ゆううつ》になる。どの雑誌を見ても、ナマ足に洋服を合わせているが、寒がりの私にとってこれはとてもつらいことだ。冬だったらタイツでいいけれども、夏はそういうわけにいかない。ナチュラルストッキングをはいてもいいのではないかと思っても、やっぱりそれは出来ない。私のまわりでは、 「ナチュラルストッキングをはく女・イコール・ダサくつまらんコンサバ女」  という図式が出来上がっているからである。先日あるディナーに出席した私の友人は、 「ドレスとサンダルに、ストッキングはいてきたバカ女がいた」  と言って怒っていたっけ。しかし私の年で、私の足で、スカートにナマ足というのはかなりつらい。よって夏はパンツに素足という格好をとおしていたのであるが、たまにはスカートをはきたい時だってある。そういう時はどうするか。メッシュをはくか。が、あれは足がすごく太く見えるしな、と千々に思いが乱れる私である。  が、それにしても足をどうにかしたい。夏のミュールやサンダルを素足にはくと、すぐ無理がくる。痛いマメをつくってしまい、私はスニーカー一辺倒という和田アキ子状態になってしまった。  ダイエットの先生に尋ねる。 「痩せれば足も小さくなるでしょうか」 「もちろんなります」  先生はきっぱりと言った。そんなわけで私は毎日、階段を使ってふくらはぎを痩せさせる体操をしている。ふくらはぎが痩せれば足の甲も縮むってホントかな。体重が減れば足が小さくなるのはわかるような気がするけど……。でも頑張る。そして世の中すべての靴を私のものにするのだ。 [#改ページ]   おサイズ、お探しします  私のおしゃれの教科書といえるのは、「アンアン」のお姉さん雑誌「ギンザ」である。  このあいだは「ハイカジュアル」という特集をやっていた。その中のひとつで注目を浴びているのが、ニュートラスタイルと書いてある。大切なアイテムとして、ショルダーバッグ、クロスのペンダント、プリーツスカートなどが挙げられていて、私はすっかり嬉しくなってしまった。  年増の強みで、こういうものはみんな持っているではないか。特に自慢なのがエルメスのバッグかしらん。黒のショルダーで、十五年前にパリの本店で買い、そのまま戸棚の奥深くしまわれていた。今じゃこういうのが、ヴィンテージといって、もてはやされるのね。  クロスはこのあいだ「ミキモト」で買ったダイヤ入りのもあるし、ブラウスは昔のシルクのやつをとってあるわ。これで私の夏のファッションは完璧《かんぺき》ね、と思ったところ、秘書のハタケヤマが言った。 「今日のハヤシさん、何だかいつもと違ってヘン」  たまたま居合わせていたファッション誌の編集者も頷《うなず》く。 「ハヤシさん、それじゃただの古着をまとめて着てるような感じですよ。ブラウスが特に古いですよ。やっぱりそれだったら、プラダのボウネックを合わせなくっちゃ」  というわけで、私はさっそくその日のうちに、丸の内のプラダに出向いた。もう皆さんご存知だと思うが、丸の内のオフィス街にどーんと巨大な路面店がオープンしたのである。洋服はもちろん、靴、小物とすごい品揃えである。が、見てまわっているうちに私は青ざめる。  私は、ものすごく思い上がっていました。 「もうどんなサイズでもOKよ。この世の洋服はすべて私のものなのよ」  が、それは大変な間違いだということがここに来てすぐにわかった。プラダというのは、どうしてこんなに小さいんじゃ。特に今年のラインは肩幅がない。いちばん大きなサイズを胸にあてたけど、もうまるっきり着られないのがわかるわ。  そお、私って大デブからただの小デブになっただけなのね。そして店員さんが近づいてきて、私のいちばん嫌いなセリフを言った。 「おサイズ、お探ししますよ」  が、お探ししてくれたブラウスもボタンがはまらない、ていたらく。ようやく別のデザインでボウネックのブラウスを見つけることが出来た嬉《うれ》しさ。  が、SAKURAのスカートをはけた私(ヒップボーンであるが)は、下半身の方がすっきりしていたらしい。スカートは難なく入ったのである。七〇年代を思わせるプリントのスカートだ。が、これでもう私はすべてOKよ。先端をいくニュートラガールよ。  テツオは言う。 「七年前のブラウスを着ようなんてセコいよ。昨年のブラウスはやっぱり古いでしょ。やっぱりおしゃれと言われたかったら、今年のものを買わなきゃ」  じゃ、ヴィンテージになるのはいったいいつ頃からかと問うたら、テツオもよくわからないそうだ。 「十年ぐらいかな。世間がヴィンテージと決めたら、それがヴィンテージになるんじゃないの」  だと。が、口惜《くや》しいのは、昔捨てたいくつかのディオールのバッグである。CDのモノグラムがすっかりダサいと思って捨てたのだが、全く惜しいことをした。が、ワードローブというのは限界がある。特に私のように、洋服をやたら買う人はすぐに満杯になる。そこで私はまとめて人にあげたり処分したりするのであるが、そこでかなり迷う。 「もう出番はないわよね。もうこれが再び流行っていうことはないわよね」  しかし時代は私を裏切って、ヴィンテージや古着、なんてものを流行《はや》らせるのである。だから私は心に決めた。これから洋服を処分することにしても、絶対に小物を捨てない。そうよ、いくらテツオに脅かされようとも、バーキンをオークションに出すようなことは絶対にやめるわ。  エルメスといえば、こんなことがあった。昨年の九月にパリへ行った私は、本店で赤いケリーをオーダーした。赤が大流行だった時だ。カジュアルな格好に、赤いケリーを持ったら可愛いだろうなあと考えたのである。が、ケリーはとても時間がかかってしまった。何度もファックスでやりとりをして、 「今週、革を裁断します」  という知らせを受けたのが、何と今年の四月である。もう赤の流行は終わってしまっている。私は口惜しくてたまらなかった。どうせなら変わった色にしてもらえばよかった。デニムもしゃれているんじゃないかしらん。  ところがテツオが教えてくれたところによると、パリのセレブリティを中心に、最近急に赤いケリーが注目を集めているということである。こんなのは小さなヴィンテージといおうか、ツボにはまった珍しい例である。  が、私はたいていの場合、微妙にずれる。世の中で流行をつくっているのはいったい誰なんじゃ。 [#改ページ]   ミーハー菌も、伝染《うつ》るんです  最近ダイエットがうまくいきつつあり、もう買い物に歯止めがきかなくなった私である。今日はフェラガモ、明日はプラダ、と買いまくっている。今日はエステに行った帰りに、グッチの表参道店へ行き、前から欲しかった白いブラウスを買ってきた。帰ってくるとぐったり疲れる。玄関に入るやいなや電話が鳴った。 「テツオさんからですよ」  私はよろよろと受話器を取る。 「おい、うちの原稿いったいどうなってんだよ。早く寄こせよ」 「は──」  長いため息をつく。 「今日は朝から二時間かけてエステ、それからグッチでお買い物。美人の称号を守るって、本当に忙しくて大変なんだから。もうそれだけでくたくたよ……」 「そりゃ、大変だよな、そりゃ疲れるだろうなあ……」  こういう時、実に意地悪い声になるテツオである。 「でも昨日のパーティ、楽しかったね」  実は昨夜、北川|悦吏子《えりこ》さんの向田邦子賞受賞パーティが行われたのである。私はさっそく仲良しのサイモン(柴門《さいもん》ふみ)さんと一緒に出かけた。中でテツオと合流する。  テレビ関係のパーティは初めてであるが、会場も小さく、文壇関係のそれに比べると地味な感じ、と思ったのは私の間違いであった。砂浜の小石の中に、キラッと光るサンゴが混ざるように派手な方やスターがいっぱいいたのである。  まずステージで常盤貴子ちゃんがスピーチしていたが、もう顔がふつうの人とは全然別ものという感じ。顔がとにかく白くて小さい。そしてキラキラ光っているのだ。 「やっぱり女優さんっていうのは、すごいわよねー」  私とサイモンさんは素直にうなった。そしてやがて向こうに、私らは乙武《おとたけ》(洋匡《ひろただ》)君を見つけたのである。乙武君は素敵なスーツを着ていた。つい先日、対談の後、サイモンさんを交えて一緒にご飯を食べたばかりなのだ。想像していたとおり、さわやかでカッコいい男のコであったが、実はこの乙武君、なかなかの年上キラーでもあった。サイモンさんに向かって、 「サイモンさんのお嬢さんなら、さぞかしキレイでしょうね」 「えー、サイモンさんって、そんな年に見えませんよ」  と、盛んにリップサービスする。 「まあ、そんな……」  と、サイモンさんは上機嫌になり、 「乙武君っていいコね。ハンサムだし可愛いわ」  と、すっかりお気に入りになったのである。三人で北川さんのところへお祝いを言いに行く。今日の北川さんは、流行のパフスリーブのワンピースを着てすっごく可愛い。 「私、これを持ってきたんですけど、どなたかよろしく」  サイモンさんが取り出したのは、なんと小型カメラである。前から言っているとおり、私はミーハーと人からよく言われるが、サイモンさんにはとてもかなわない。パーティにカメラを持ってくるという行為を、私は一度もしたことがないのである。  が、その日サイモンさんからミーハー菌をたっぷり伝染された私は、普段ならしないようなことをしてしまった。芸能人と写真を何枚も撮ったのだ。 「私も入れて」  そこへやってきたのが、カトリーヌあやこさんである。サイモンさんと彼女にはさまれたら、いくら冷静な私でもたっぷりと菌を伝染されてしまいます。美しい常盤貴子ちゃんと撮り、それから池内博之クンとも撮ったわ。 「すごかったよなー、ありゃー」  と、テツオは昨夜のことを思い出して言った。 「恥ずかしくて、思わず後ろに引いてしまったよ」  ところでこのパーティ会場でも、私の痩《や》せぶりにどよめきの声があがった。「ウソー」「すごい!」と、会う人ごとに言われたのだ。実は私、あまり体重は落ちていないのである。今週なんか食べ過ぎて、逆に増えていたぐらいだ。しかしストレッチ体操が効いたのか、肩やお腹の肉がめっきりと落ちている。  サイモンさんなんか、心配してくれたぐらいだ。 「私たちが北川さんと写真撮ってたら、ワイドショーや雑誌の人もパチパチ撮ったじゃない。でもみんな、ハヤシさんだってわからないんじゃない。誰だろうって思ってるんじゃないかなあ」  サイモンさんって、何ていい人なんだろう。私はこういうところが好きなのさ。 「そんなわけでさ、人々の激賞を受けつつある私。一生懸命頑張ろうって思うからさ、エステや買い物に忙しくって、とてもおたくの原稿どころじゃないの」  おとといも、私はどうしても髪を染めたくなった。それはSAKURAちゃんを見てからだ。髪を染めるのは四年ぶりかしらん。メッシュにしようかと思ったけどやっぱりやめて、軽く染めてカットもした。うーん、軽くなって、我ながらかわゆいわ。ああ、この喜び、この楽しさ、とても仕事どころじゃないわ。 「オレはそんなに変わらないと思うけど……」  テツオが冷たく電話で言ったが、私は聞かないふりをした。 [#改ページ]   悪女の時代がやってきた  ダイエットを始めて二ヶ月、そお、いつもの大きな壁にぶつかった私。  体重が思うように減ってくれないのである。うつうつたる日々をおくり、それが顔に表れるのが年増のつらいところだ。  そおーよね、いくら頑張ったってモトがモトだもんね。限度っていうものがあるわよねえ、などと思い始めた私に襲いかかる悪魔の誘い。  このあいだの日曜日は、友だちが焼きたてのル・ヴァンのパンを持ってきてくれた。袋のままでも、ぷうんとにおうパンのかおり。おまけに季節限定の夏ミカンのパイっていうのも入っている。これがうまいの何のって。大きなカタマリを食べてしまった。  次の日は、山本|益博《ますひろ》さんの本に出ていたギョーザの店に行く。ここはうちの近くの商店街というへんぴなロケーションにもかかわらず、遠くから食べに来る人が絶えないという。つるっとした水ギョーザがおいしくて、夫と二人で三皿も食べてしまった。  タブーの小麦粉を口にしてしまったわけであるが、私のダイエット法ではトンカツがOKである。パン粉を多めに使ったと思えば、ちょっとぐらいの(でもないが)パンやギョーザはいいんじゃないかと思う心のたるみが、すぐに結果に表れる人体の不思議さ、ダイエットの意地の悪さである。  こういう時、被害者意識に陥るのが、私のいつものパターンだ。私はそりゃあ、パンとギョーザを食べたかもしれないが、甘いものはこの二ヶ月間口にしていない。フレンチに行っても、イタリアンに行っても、デザートは見て見ないふりをしてきた。それなのに私の友人たちは、アイスクリームや、ケーキを頬張っていたではないか。頑張って耐えた私が相変わらずデブで、あの人たちは痩せている。こんな理不尽なことがあってもよいものだろうか。  つらいことはまだある。このあいだ通りすがりの店で、可愛いミュールを見つけたので入っていった。が、どんな大きなサイズを出してもらっても私の足には入らない。 「これはどうでしょうか」  むこうも気を遣って、いろいろ出してくれるのであるが、もう「シンデレラ」のお姉さん状態だ。小指分ちょんぎらなくては絶対にはくことが出来ない。  今日もデパートの靴売場に行って、やーな気分になった。今年はサンダル、ミュールなしではファッションが完結しない。パンプスと合わせたら最後、すっかりダサいおばさんスタイルになってしまうのだ。みんな素足に信じられないぐらい高いかかとのサンダルをはいている。きゃしゃで細いヒールのサンダルだ。私はあれをはくことが出来ないと思うわ。  いまのコは確かに足が大きいが、それはタテが長いことであって、私みたいに幅広、甲高は珍しいと思うもの。  そーよ、そーよ、私なんかいくらおしゃれに精出しても限界があるのよと、すっかり落ち込んだ私である。  そしてまだオマケがあり、決算に来た税理士さんから、 「服にお金を遣い過ぎです」  と注意を受けた。なんと昨年一年間で使った服飾費を、五月までに使ってしまった私である。銀行の残高は減っていくばかりだというのに、イマイチ効果がないというのは自分でもわかっている。  あー、今度生まれ変わったら、ほっそりとした美人になりたい。そして男にさんざん貢がせ、悪いことをして生きていくのよ。  思えば私の人生は、さんざん男の人に気を遣い、尽くして尽くしてその結果なめられるということの繰り返しであった。  つい最近のことであるが、私の女友だちのひとりを食事の席に誘った。彼女は私の女友だちの中では数少ない魔性系の女である。するとどうであろう、あっという間に彼女は、その場にいた私の男友だちのひとりとデキちゃったのだ。男の方は彼女にメロメロで、貢ぎまくっているという噂である。  自慢じゃないが、私は男の人に貢いでもらったことがない。それどころか貧乏な男には、かなりいろいろしてあげたぞ。  いま時代ははっきりと悪女の時代へと向かっている。陰で何かしててもいい。素性が怪し気だっていい。とにかく男に金を遣ってもらい、気も狂わんばかりに尽くしまくってもらう女。そういう女がはなつ一種のオーラにみんながやられてしまう感じである。叶《かのう》姉妹なんて、ひと昔前だったらとても表舞台には出てこられない人たちだったであろう。けれども多くの女のコたちが、うさんくさいものを感じながらも、 「あれだけキレイで、あれだけ目立てばいいじゃん」  と認め始めている。私はいままで、いろんな女の流れを見てきた。女の自立が叫ばれ、多くの女たちが頑張ってきたのもこの目にしてきた。けれどもいまぐらい、善良な女が生きづらい時はないような気がする。悪の美学とでもいうのだろうか、バブルがはじけた後、美しさだけで生き残った女たちが、やたら目につく。  これはいっときのことでこんなのがいいとも思わないが、次に来る女たちはまだ姿を現していない。 [#改ページ]   ころぶな! ガンバレ!!  夏の社交シーズンが始まった。  日頃はそっち方面につき合いの悪い私であるが、華やかな場所に招かれることが多くなった。  その日は、プラシド・ドミンゴとサラ・ブライトマンのジョイントコンサートへのご招待。終わった後は「ホテル西洋銀座」へ移動し、イタリア料理のお夜食をいただくことになっている。こういう時というのは、かなりフォーマルな格好となるのが礼儀だ。私はこの種類のドレスを持っておらず、 「いいじゃん、いいじゃん。私は作家だからこういうもんからずれたって」  と居直ることが多かった。みんながソワレを着てくるようなコンサートでも、パンツスーツで行ったりした。ついこのあいだまで、フォーマルは野暮、という図式が存在していたせいもある。が、時代はあきらかにフォーマルに向かって進んできている、という感じ。普段はどんなにカジュアルな服を着ていても、みんな出ていくところはビシッと決める。若い女のコでも、ソワレを楽しんでいる。おそらく別の意味でのカジュアル化がすっかり定着して、フォーマルも軽やかでしゃれたものが多くなったせいもあるだろう。  つい先日、私は久しぶりにダナキャランのスカートを買った。これはオーガンジーが重なっているとても美しいもの。透け加減で足を太ももまで見せるというセクシーさである。これにやはりダナの肩を見せるシルクのブラウスを組み合わせた。サンダルは何足か持っているけれども、これに合うのはない。セレクトショップの人が薦めてくれたのは、なんと八センチのピンヒールサンダルである。これを履くと足がうんと長く見えてカッコいい。 「でも、どうやって歩くんだろ」  おそるおそる足を踏み出したところ、甲のあたりが吸いつくようでなんとも感じよい。これならなんとかいけるかもしれないと思い、買うことにした。 「だけど心配だから、代わりのサンダルは、持って行こうと思うの。その方が安心だから」  とテツオに電話で話したところ、 「その替えの靴を入れた紙袋を、ずうっと持ち歩くつもりなのか」  と聞かれた。なるほどすごくダサい。 「とにかくころぶな、ガンバレ」  と励まされ、私はひとりコンサート会場へと向かった。こういう時、エスコートしてくれる男がいないというのはとても心細い。が、私はけなげに頑張った。八センチのヒールで階段も降り(手すりにしがみついたけど)、人と談笑もしました。 「ハヤシさん、すっごくキレイになったわね」  という賞賛も受け、私はとってもいい気分。が、私は気づかなかった。その会場には、私よりも目立つ派手な女たちがいたのである。そお、誰あろう叶姉妹である(ジャーン!)。かのサイモンさんは、つくづくと言っていたものだ。 「私はまだ、叶姉妹なるものを見ていない。ぜひ一度ぐらいは見てみたいもんよね……」  この私も一度は見てみたい。が、彼女たちの席は、私の席よりも後ろだったので、私の視界に入ってくることがなかった。後で来ていたと聞いて、本当に口惜《くや》しかった。 「でも、あんまりキレイじゃなかったよ。妹の方はまあまあだけど、お姉さんは人工的な感じですごくヘン」  知り合いの編集者が教えてくれた。 「人通りの多い廊下で、ポーズをつけて立ってたけど誰も見ていなかったよ」  コンサートの後、おいしいイタリアンをいただきながら、みなでいろいろお喋《しやべ》りをした。中にカンヌ映画祭の関係者がいて、向こうでの彼女たちの行状を聞いた。うーん、やっぱり誰もが想像していたようなことだ。どこからも招待されていたわけでもなく、ワイドショーを引き連れてきて、かなり強引なことをしたらしい。  私もよくこのページで書いているが、パーティ・ピープルという人種がいる。必ずパーティには顔を出して、そのファッションをチェックされる人たちだ。 「本業はあんた、何なのよ?」  と問いたい連中ばかりであるが、あれはあれでハマるとかなり楽しいかもしれない。毎日キレイにお化粧し、美容院へ行き、新作のドレスを着、マニキュアの色までびしっと決める。あれをしょっちゅう続けたらかなりの美女になれる。  芸能人や有名人になってリスクを負うのはイヤだけれど、「ふつう」の「キレイでおしゃれ」な人レベルの有名人になってグラビアを飾りたい。叶姉妹というのは、こうした女のコたちの願望を、ある程度体現しているのかもしれない。ラクして、ズルして、横入りしても、楽しそうな場所に行ってカメラのフラッシュを浴びたいの、という女のコの夢をかなえたのだ。  いわば期間限定付きのスターであるが、それがなんだろう。いっときでもいいじゃん、楽しい思いが出来れば、と思っている女のコも多いに違いない。  まあ、パーティなんていうのも、いっときのものである。素敵なドレスを着たとしても、シャンパンも明日になれば消え去るものである。が、このはかなさは、とても甘美で楽しいものだ。女が美しくなるために欠かせない多くの要素を含んでいる。仕事をちゃんとしてれば毎晩は味わえないが、たまにはとてもいいものだ。叶姉妹みたいなのを見て、いろいろ考えるのも人生のお勉強。 [#改ページ]   面白うてやがて悲しきショッピング  ミラノにやってきた私。読者の皆さん、お気づきだろうか。そお、ダイエットにまあまあ成功して以来、初めてのヨーロッパなのである! 今まで外国に行っても、サイズがなくて涙を呑《の》んだことが何度あるだろうか。特にアルマーニなんかは、海外でも細っこい。 「あんたのサイズはないわよ」  と、店員から英語、イタリア語、フランス語で言われ続けた私。もうサイズが合えば、好みは二の次にして買ったもんだわ。  が、もう今年の私は昨年の私と違う。例えば昨年の九月に、パリでセリーヌの例の格子柄のスタートとスーツを買ったが、もう今年になったらダブダブで親戚《しんせき》のコにあげてしまった。そのくらいの体型の変化で、最近は着るものが無くなってしまった。 「ミラノじゃ、買うよ」  と私は秘書に宣言し、ゴールドのクレジットカードの限度額を、二倍にしてもらったのである。  そしてまず行ったところは、シャネルのブティックだ。普段私はシャネルを着ない。それなのにどうしてまっ先にここにしたかというと、撮影に使うイブニングドレスを探しに来たのである。明日はスカラ座の王族用の桟敷《さじき》で、優雅にオペラを見ている私、という設定で写真を撮ることになっているのだ。日本からそれなりのものを持ってきたが、やはり現地調達しなくっちゃね。  夏だからソワレは三着しかなかったが、その中の一着が私にぴったり。薄いベージュのシルクに、黒いビーズで模様がついているのだ。今までだったら、�飛び込み�でシャネルのイブニングを買うなんて全く無理な話であったが、今はそれがかなうんだ。  この気持ちってわかる? デブの魔法が解けたお姫さまの気分よ。私の頭のネジが狂ってきたのも仕方ない話でしょう。  今回ミラノでは、ゴージャス路線をつっ走った。そして次に行ったのはヴァレンティノ。  日本ではヴァレンティノに足を踏み入れたことがない。自分とは縁のないブランドだと思っていた。すっごくキレイ、すっごく高い、すっごく細い、というイメージがあったからである。  が、店に入ると可愛いワンピースやスーツがいっぱいだ。イブニングドレスも素敵であるが、靴の美しさといったら……。オートクチュール感覚の、まるで工芸品のような靴。私のサイズのものがあったのでさっそく買った。またここでイブニングスカートもゲット。ピンクのスウェードとレースを使った、もう涙が出てきそうなくらいキレイなキレイなスカート。床までの長さで足が透ける。  どこに着ていったらいいのかわからないが、でも絶対に欲しい。今まで叶姉妹が来てるようなパーティは大嫌いだったが、これからはバシバシ出かけることにしよう。  さて、海外のショッピングの醍醐味《だいごみ》のひとつは、初めてのブランドを体験することであるが、いつものブランドを安く手に入れるのももちろんある。出来たばかりのジル・サンダーのお店に行く。広くて品物も豊富だ。  私のことをいいお客だと思ったのか、赤毛の可愛い店員さんがそっとささやく。 「夏ものは来週からバーゲンなんだけど、今日から三割引きにしてもいいわよ」  あー、ホントととびあがった。夏ものといっても、秋に着られそうな革ものもある。あーん、嬉《うれ》しいよと、ここでも買いまくったのである。  お洋服が決まったら、次はカッコいい男性ですね。が、こっちもついてた。スカラ座の撮影の時にメイクしてくれたヘアメイクの日本人男性が、かなりのハンサムだったのである。ちょうど来週からメンズのミラノコレクションが始まる。 「僕の友人のモデルも、日本からいっぱいやってきてるんですよ」  と彼が言い、私は反射的に叫んだ。 「じゃ、明日の昼ごはんでも一緒にどうかしら」  こっちは独身の女性編集者とコーディネイターと一緒だけれど、男性モデルとの合コンなんていいかもしれない。ミラノで若くていい男に囲まれるなんて、なんて私はついてるんでしょう。ハハハ。  次の日、そのヘアメイクの彼が案内してくれ、ミラノいちといわれるセレクトショップへ出かける。ここはイタリアン・ヴォーグの編集長の弟だかがやっていて、ものすごくセンスがいいんだそうだ。  が、私から見るといろんな有名ブティックのものをごっちゃにしただけ。小物は流行のオリエンタル。あれだったらいろんな店をのぞく日本人旅行者には必要ないかも。が、ここでも早くもバーゲンが始まっているという。 「みんな半額、プラダ、フェンディ、ヨージヤマモトは三割引きだよ」  ということで、お土産用にミュウミュウを何枚か買った。が、レジのところでトラブルが起きた。意地悪そうな女の店長が出てきて、 「割引きは、常連の私のお客さまに対してだけよ」  などと言い出したのだ。仕方なく定価で買いましたよ。そしてこれらの買い物は今日成田でちゃんと申告し、十一万円税金をとられた私。 「面白うてやがて悲しきショッピング」  カードの請求が怖くてたまらないよ。ああ、知らないうちに誰か払ってくれる人が欲しいよ! [#改ページ]   ナマにしてください  ミラノで死ぬほど洋服を買った私。  中にはノースリーブのものも何点かある。今までは二の腕が気になり、ノースリーブの上には必ず何かを羽織っていた。  とにかく私の二の腕の太さときたら異常で、真横から見ると胴の幅とほとんど同じだった。つまり体ごと腕になっていたんですね。  が、ダイエットのおかげで、かなり細くなったような気がする。こうなってくると足もナマにしなくっちゃおかしい。前に何度もお話ししたと思うが、夏が来るたびに私はいつも悩んでいた。 「ナマにすべきだろうか、それとも──」  暑くてタイツはもうはけない。そうかといってナチュラルストッキングをはいたヒにゃ、もうまわりの人たちから何を言われるかわからない。私のファッションはコンサバ系ではないため、まわりもそういう人ばかりだ。もうナチュラルストッキング女イコール、超ダサ女ということになってしまう。が、私はものすごい寒がりのうえに足が太い。ただ太いだけではなく色が白い。このためナマにすると足が本当にナマナマしくなってしまうのだ。  これについて私は本当に研究を重ねた。テツオに尋ねたところ、 「メッシュか、肌色のタイツならばいいのではないか」  という回答を得た。が、まだ安心は出来ない。私は日本のモード界のオキテをつくっているといわれる、マガジンハウスの某大物編集長にも問い合わせた。するとその人はこう言った。 「ハヤシさんの年なら、まだやっぱりナマにしてください」  が、やっぱり冷える、やっぱりハズカシイ。そんなわけでずっとメッシュのストッキングをはいていたのであるが、ミラノコレクションのためにやってきたマダム遠藤に注意された。 「ハヤシさん、ストッキングを脱ぐべきよ」  マダム遠藤は、いろんなイタリアンブランドの日本代表を務めている人で、もちろんイタリア語ペラペラ。こちらのマダムのように、こんがりと灼《や》いた脚に、そのままヒールの靴をはいてカッコいい。  そんなわけで私もナマ足、ノースリーブといういでたちでミラノを歩くようになった。靴もシースルーのやつを何足か買った。日本でペディキュアをしといてよかったワ。何年もかけて永久脱毛をしといて本当によかったワ。  イタリアのブランドは、やっぱりナマでないと決まらないものがいっぱいある。  そんなわけで日本に帰ってからも、人の足が気になって仕方ない私である。昨日青山でつぶさに観察したところ、あの青山でさえストッキングがかなり多いことに驚いた。普通のスーツならともかく、パンツや七分丈パンツにサンダルやミュールを合わせ、それでいてナチュラルストッキングというのは、ふーん、ダサいぞ。  どうしてヨーロッパやアメリカに比べ、日本ではナマにためらうのか。それはいわずとしれた畳があるからですね。おとといのこと、日本料理店へ招かれた私は、しまったと思う。いくら足のエステにたまに行くからといっても、私の足のカカトや裏というのはやっぱり汚い。小指にはマメも出来ている。  サンダルの足をじろじろ見る人はいないが真横に投げ出された人の足を見る人はいると思う。私はどうしたかというと、バッグで足を隠しました。なんだかみっともない格好になったが仕方ない。  さて私は、ミラノで素敵な靴をいっぱい買った。あっちでは私のサイズがいっぱいあって、本当に嬉《うれ》しい。シャネル、ヴァレンティノといった工芸品のような美しい靴から、ミュウミュウ、プラダ、ジル・サンダーといったトレンディ系もしっかり押さえた。どれも今年流行の細いヒールをしている。が、大変なことが起こった。この靴、はいているとミラノの石畳に、スポッスポッとヒールが入ってしまうのだ。 「ちょっと待ってよー」  と先に行く友人を呼ぶことになる。 「日本に帰れば大丈夫よ。だって日本は平らなアスファルトばっかりだもの」  などと思ったら大間違い。  おとといのことである。羽田の空港を出ようとして、私は前につんのめった。なんということでしょう、自動ドアの細い溝に、私のジル・サンダーの細いかかとが、完璧《かんぺき》に埋まってしまったのである。 「ちょっと待ってよー」  ミラノと全く同じ悲鳴をあげた。足をいろいろ動かしたがぴくりとも動かない。私は仕方なくいったん靴を脱ぎ、裸足になったままかがみ込んだ。そして力を入れてひき抜いた。すぱっとやっと取れた。顔を上げると、おじさんの団体が目の前にいて、みんなゲラゲラ笑っている。恥ずかしいというよりも腹が立った。  こんなおじさんたちに、モードする苦労がわかってたまるもんかい。  今月はデイトの予定が幾つかある。ヴァレンティノのノースリーブのワンピースに、もちろんナマで、ゴールドのサンダルをはいていくつもり。我ながら決まっていると思う。が、あれはミラノでの話。日本に帰ってくると、魔法がとけたみたいになるものって、いっぱいあるものね。 [#改ページ]   勝ち気なH  今を去ること十五年前に、私は直木賞をいただいた。世の中に文学賞はいっぱいあるけれど、いちばん有名な賞で、これを獲るのと獲らないのではやっぱり作家として全然違う。  その時はすごく若い受賞ということに加え、私のキャラクターもあり、あれこれ書かれた。「話題づくりのために受賞させた」なんていうのはいい方で、もっとひどいのになると、 「あんな女に獲らせて、直木賞の権威が落ちた」  とまで言われたわ。  私は世間で思われているほど勝ち気でもなければ、闘争心もあるわけではない。どちらかというと、当時はぼんやりとした、怠け者の女だった。が、あんまりいろいろ言われるのですっかり頭にきた。そりゃ、そうでしょう、直木賞を目標に一生懸命小説を書いてきたんだから。  授賞式のことを今でも憶《おぼ》えている。受賞者はステージの上に立って挨拶《あいさつ》をすることになっているのだ。普段はあまり緊張することのない私だが、この時は頭が真白になり、しばらく言葉が出てこなかった。  そして、やっと出てきた言葉がこうだ。 「選考委員の皆さん、本当にありがとうございました……。でも、決して後悔はさせませんから」  この時、会場は少しどよめいたように記憶している。そお、私が、私って実はものすごく負けず嫌いなのだと思った瞬間である。そうよね、最初から負けず嫌いで勝ち気な女なんていない。特に私みたいに人よりすぐれてるものなんか何もないまま、ぼんやりと生きてきた人間なんか特にそう。  よく私は若い人に言うのだけれど、勝った記憶があるから、勝った快感を知っているから人間は勝ち気になるんだ。男の人にこうした記憶はあるが、女はとても少ない。だから女が勝ち気になるってとっても大変なんだ。  そして十五年がたち、私は今年直木賞の選考委員になった。まさか私がそんな作家になれるなんて思ってなかったのでとても嬉しい。もちろん最年少である。このニュースをテツオに伝えたところ、彼は驚きのあまり、 「マジかよ……」  とカバンを地面に落としたくらいである。  私は思う。もしデビューして、誉められたりチヤホヤされっぱなしだったら、私は絶対にこんな風にはなっていないだろうって。人間、誉めてくれる人がいなけりゃいじけてしまう。だけども叩《たた》く人がいなければ、ファイトもわいてこないし勝ち気にもなれない。このバランスって、とっても大切だったんだね。  ところでこの選考委員就任をお祝いして、仲間がパーティを開いてくれた。といってもごく小さなものである。割りカンで七人でご飯を食べた。幹事のひとりを除いて全員が男性。それもハンサムばかりである。  みんな若いしお金も持っている人だ。酔うに従い、話はHな方向に進んだ。  Aさんが言うには、ひとりの女性とは五回以上しないそうである。 「情が移って、めんどうくさいことになるから」  この人は結婚しているが、やはり既婚者のBさんが言った。 「五回もするなんてすごいな。僕なんか二回以上は絶対にしない。どんなにつらくても我慢する。一回だとあっちも遊びだと割り切ってくれるから」  と勝手なことをしている。さる名家の御曹司であるCさんは、三十代後半で独身である。彼は某女性有名人とつき合っていたことがある。人によると、 「モデル、タレント、スッチー、東京中の美女と呼ばれる人とはたいてい関係を持った」  というくらいの凄腕《すごうで》である。どうして結婚しないのと聞いたら、 「悪い噂が立ち過ぎて、誰も寄ってきてくれないんだ」  なんて誤魔化していたが、こちらが、 「�女は脱がせりゃ、皆同じ�っていう境地に達したんでしょう」  と問いかけると、そのとおりとつぶやいた。  どんな美人も人妻も、口説けば亭主や恋人も裏切ってこっちの方にくる、それがもう空しくなったんだそうだ。  お、こんな人生もあるんだなあと私は感心した。私なんかまだ夢を捨てていない。キレイになろうと思うのも、ダイエットに精を出すのも、男の人に寄ってきてもらいたい、好きな男が出来たら、何とかこちらのものにしたい、という願望を持っているからである。だって人生で一度くらい、モテモテになりたいんだもの。さっきの勝ち気の原理と同じである。こんな私でありますが、過去に二回くらい男の人がわりと寄ってきた時期があった。ウソーッと言いたいくらいのことがあったんですね。あの記憶があるから私は頑張れる。そして同時にモテないから何とかしようと思う。そう、結局はバランスなのね。  私はこの会のことを別の男友だちに話したところ、 「女もちょっと金と名誉を持つと、いい男をはべらしてうまいもん喰《く》う。男と全く同じことするね」  別のことで嫌味を言われたワ。 [#改ページ]   ダンスがうまく踊れない  ミラノで、シャネルとヴァレンティノの、それはそれは美しいドレスを買ったことは既にお話ししたと思う。  肝心なのは、それをいつデビューさせるかということだ。毎週のように東京のどこかで開かれるパーティにはあまり行きたくない。そう、何かの新製品の披露パーティ、どっかのブランド店オープニングというやつですね。  あそこに来てる人って同じ人ばかりで、パーティに行くのが仕事みたいな人たちばかりなんだもの。これはあるカメラマンから聞いた話であるが、ある高級ブランドのパーティへ行き�セレブリティ�と呼ばれる人たちを撮った。二日後、別のブランドの主催するパーティへ行って写真を撮ったら、メンバーがほとんど同じで唖然《あぜん》としたそうである。  私は思うに、ああいうのは一回行くと癖になるのではないだろうか。私も前に二、三度出席したことがあるが、派手な人たちは見られるし、おいしいものは食べられる。行けば行ったでかなり楽しい。が、美容院で一時間、出席で二時間、時間をとられるのは、忙しい私にとってかなりつらい。とてもじゃないがめったに行けないの。  それにさ、来る人のメンバーがちょっとね……。最近はかの叶姉妹なるものがしゃしゃり出て、彼女たちが来るとなると主催者側がマスコミに知らせる。するとワイドショーがどっとやってくるというカラクリになっているそうだ。  パーティ好きの友人が言うには、叶姉妹が出てくる前と後では、パーティがまるっきり変わったそうだ。以前はあんな風にワイドショーの人たちが来ることはなく、せいぜいが「おしゃれ拝見」の担当クルーか、「ヴァンサンカン」なんかの雑誌の人たちだったんだって。  それにしても、叶姉妹って最近|完璧《かんぺき》に�色モノ�といおうか、コメディアンの域に達していいですね。このあいだのお揃いのシースルードレスといい、お尻《しり》が半分はみ出しているショートパンツ(あれは何ていうんだろう?)といい、悪ふざけしてるとしか思えない。  そんなことはどうでもいいとして、私は行くなら業界の人や芸能人が来ないパーティがいいな。そこでドレスをデビューさせたいな、と思っていた。そんな折、友人の奥さんからとても素敵なインビテーションカードが届いた。 「パークハイアットで、私のダンスの発表会をするので、ぜひ見に来てください。ブラックタイでね」  彼女はこの一年くらい、社交ダンスを習っているのだ。社交ダンスというと『Shall weダンス?』のイメージが強く、中高年のおじさんおばさんの趣味と思っている人が多いだろう。が、おハイソな人々にとっては、未《いま》だに必修科目らしい。  当日私は、シャネルのソワレに、ヴァレンティノのサンダルという格好でホテルへ向かった。いつもだったら電車かタクシーで行くのであるが、この日ばかりはタキシード姿の男友だちに迎えに来てもらった。彼はなんとキャデラックに乗ってきた。といっても、また別の友人に運転させてるんだけどさ。  さてパークハイアットに到着、ここのお教室は少人数のうえにお金持ちが多いそうだ。女の人も綺麗《きれい》な人が多く、ドレスも高そうなもんばっかり。失礼ではあるが、映画に出て来る渡辺えり子さんみたいなオバさんはいない。私の友人は背が高くて美人のうえに、これまた大金持ちの奥さんときている。だから発表会でワルツを踊る際は、アルマーニのドレスを少し裾の方を動きやすく直して着るそうだ。  私も競技ダンスの安っぽいチャカチャカした感じが大嫌いなので、このセンスはいいなと思った。  生徒の発表会の後、プロの先生たちによるデモンストレーションがあった。中でも私が気に入ったのは、ラテンを踊る若い男性教師だ。竹中直人さんをもう少しハンサムにしたような感じであるが、踊っている最中も顔がラテンをしていて思わず笑ってしまった。眉《まゆ》や目をすごく動かすんだもの。  が、考えてみると、私も社交ダンスを一生懸命習ったことがある。あれは十三年前、世の中がバブルにうかれていた時だ。あるところから、 「ウィーンのオペラ座でする舞踏会へ行きませんか」  というお誘いを受けたのだ。私はすんごいイブニングドレスをつくり、そしてダンスを習った。あの時のこと、ちょっぴり体が憶《おぼ》えてないかしら。自転車とスキーは、いっぺん憶えると体がちゃんと動くっていうけど、ダンスもそうじゃないかしら。私はだんだん踊りたくってうずうずしてきたの。やがて司会者がいう。 「踊れる人も踊れない人も、みんなフロアに出てください。そして中で手をつないで女の人が輪をつくって、そして外側で男の人が輪をつくる。音楽が止まったら、そこに立っている前の人がパートナーです。さあ踊りましょう」  さっそくフロアに立った私。ドキドキするわ。やがて音楽が止まる。そして後ろを振り向く。なんとあのラテンの男じゃないの!  私たちはさっそくワルツを踊り始めた。が、私の足は全く忘れていた。ダンスを、ステップを。 「すいません、すいません」  彼の足を何度も踏みそうになる。彼はあきらかにイヤな顔をした。私は思ったの。ダンスは習うのもすごく恥ずかしいけど、踊れないのもすごく恥ずかしい。プロセスがさ、やっぱりちょっとオバさんっぽくなるの。でも習おうかな……。 [#改ページ]   やれる女  仲間うちの親しい男性が言った。 「最近、ハヤシさん、痩《や》せてキレイになったって評判だよ」  お、嬉《うれ》しい。 「このあいだもさー、AとかBとかCで飲んでたらさ、その話になってさー」  いい感じである。AさんBさんというのはハンサムでインテリ。前から私の憧《あこが》れの男性だ。 「そしたらさー、みんなで意見が一致してさ。あと五キロ痩せたら�やれるな�ってことになったんだ」  私は激怒した。「やりたい」とか「やらせていただきたい」というのなら、下品な言い方だがまだ我慢しよう。それなのに言うにことかいて「やれるな」だって。ここには「やりたい」と大きな差がある。なんかもの凄《すご》くエラそうじゃないの。高みからこっちを眺めてて。  Aさん、Bさんにあれこれ言われるならともかく、Cさんなんかただのスケベ男で、女と見ればすぐ口説くのを趣味としている。このあいだは旅行先で誰も相手にしてくれず、マッサージのおばさんにイヤらしいことをしようとして突きとばされたそうだ。  そういう男にどうして「やれるな」なんて言われなきゃいけないんだろ。頭にきてテツオに話すと、 「そういう対象に見られるようになっただけでも、いいじゃないか」  ということであるが、私にもプライドというものがある。  まあ、女に生まれて楽しいことのひとつに、男の口説き文句を聞くということがあろうか。切羽詰まったものから、いろいろ工夫を凝らしたものまで、男の人はさまざまな言葉を口にする。ま、突然行動に出てくる人もいるけれど、これはこれで悪くないかも。  私など、めったにないことなので、 「そうか、そこまで言っていただけるなんて」  などと心を動かすことが多かった。でもカラダの方は自信がなく、今ひとつ動かすのがまれであった……。  私の友人で自他共に認める遊び人がいるが、彼が今までいちばん効いた口説き文句といおうか口説き行動は、ひたすら土下座することだという。 「お願いだ、一度だけでいい。それを一生の思い出にするから」  と額を床にこすりつけると、たいていの女性はOKしてくれるっていうけど、本当かな。  私はモテる女友だちに聞いたことがある。 「あなたみたいに、仕事関係の人までいろんな男の人に口説かれると、いろいろやりづらいことが多いでしょう」 「あら、そんなことはないわよ」  彼女は明るく言う。 「もうどんな人もウエルカムよ。選ぶ選ばないは、こちらの勝手だから」  また別の友人の話であるが、仕事の都合で大阪に移った。そうしたら大阪の男があまりにも気軽に口説いてくるんでびっくりしたんだそうだ。 「なあ、やらしてえなあ。ええやんか、なあ、頼むわ」  みたいなことを平気で言うらしい(地域によるかもしれないが)。そして彼女は、大阪の女のコから断り方を伝授してもらったそうだ。向こうも断られて元々で言っているのだから、本気でむっとしたりしない。にっこり笑ってこう言えばいいんだと。 「また今度ね」  それにしてもむずかしい時代になったものだ。ちょっと前まで、世の中にはひとつのルールが確かに存在していた。それは、 「会ったばっかりの、よく知らない男のコとそういうことをするのは軽い」  というアレですね。けれども最近は、知り合ったばかりの男のコでも気が合えば、そして楽しい思い出がつくれればベッドに直行してもいいんじゃないかという考え方だ。そこからちゃんとした恋愛が始まることだってある。そう、すぐに変更になったマツモトキヨシのあのCMですね。  昔だったら、すぐにOKするのは、ちょっとねえ〜、という非難が立ったはずであるが、今はそんなことを言う人はあまりいないだろう。「ちょっとゲームのお手合わせを」という感覚に近くなっている。  だからこそ見極めが大変なんだ。  私はまず身元がしっかりしていることを第一に挙げたい。学生時代、私は帰省する列車の中で、前に座っている男にナンパされたことがある。彼は有名大学の学生を名乗った。同じ学生ということで気も合ったので、私は無視するのも惜しいと思いこう言った。 「学生証見せて頂戴《ちようだい》。私、あそこの学生証がどんなになってるか知りたいの」  本物とわかり、途中下車して半日遊んだのち電話で連絡をとり合った。それからもうひとつ大切なポイントは、その口説くシーンへいくまで、どのくらい彼がお金を遣っているかということであろう。学生なら学生なりの見栄の張り方がある。ファーストフードでごまかされて、その後お手軽に、なんていうのは絶対によくない。  私の男友だちの中でよく自分の手柄を語りたがる人がいる。 「結構可愛いコなのにさ、すぐにOKしてくれてラッキーだったな」  そういうストーリーの登場人物にだけはなりたくないと思い、ずっと生きてきた私です。 [#改ページ]   デカ顔自慢  皆さん、『美女入門PART2』買ってくださいましたア?  原宿の交差点のところにある、私の大看板見てくれましたア? あれはすごかったですね。このあいだタクシーに乗っていたら、友人が大きな声で、 「わー、すごいわねー。まるで鈴木その子の大看板みたいじゃない」  と騒ぎ出し、運転手さんもミラーの位置を変えてこちらを見たのがわかった。その恥ずかしさといったらない。うちの夫は車であそこを通るたびに「いいかげんにしろ」とつぶやくんだそうだ。  そう、そう。それはそうと、キョンキョンと並んで表紙になったのはもちろん見たわよね。あの反響といったらすごくて、多くの友人、女性編集者から電話、FAXが入ってきた。その声を集約すると、 「キョンキョンと並んで、顔がそんなに大きく見えなかったのに驚いた」  というものである。  キョンキョンにお目にかかったのは初めてだが、そのキュートな印象は思っていたとおりであった。体もきゃしゃだが、顔の小ささときたら、私の握りこぶしぐらいだ。  二人並んで撮影をし、ポラを撮った。そしてそれを見たカメラマン、テツオ、他の編集者たちは一様に沈黙する。 「どれ、どれ、見せて」  明るく覗《のぞ》き込んだ私も、言葉を失った。顔の大きさがまるで違うのだ。大小、なんていうもんじゃない。なんていうか、その、 「単位がまるで違うんだよな」  とテツオ。 「こりゃ、キロとグラムの違いぐらいだよ」  ひどいことを言うと頭にきたが、確かにそのとおりなんだ、こりゃ。急きょ椅子を動かし斜めにした。そして私は一メートル近く奥に下がって遠近法を利用した。そしてやっと普通の大小の違いになったのである。  終わった後、テツオは私に焼肉をご馳走《ちそう》してくれた。 「ま、芸能人でアイドルの人と、並んで写真を撮ったオレたちがイケないんだから、そんなに気にしなくたっていいよ」  慰めてくれているつもりらしい。  いいの、そんなに気を遣わないで。どうせ私はもともと顔が大きいんだからさ。  つい先日のこと、友人と食事に行ったら知り合いがいた。その知り合いが女優さんと一緒であった。名前を言えば誰もが知っている若手の女優さんである。私は彼女の顔がわりと大きいことに心を打たれた。わりと、なんていうもんじゃない。一般人の中でもこのくらい大きなコは珍しいだろう。けれども目がとても大きいのでバランスがとれている。きっと舞台に立ったら映えるんじゃないだろうか。  あと私の知っている顔の小さい女優さんというと、やはり川島なお美さんだろうか。ちっちゃくってすごくキレイ。私はあの小さな顔を見るたび、 「うーん、男はたまらんだろうな」  と、オヤジみたいな気持ちになるのである。なんていうか、あんな風にちっちゃい顔だと、愛玩物《あいがんぶつ》として男の人の掌にちゃんとおさまるという感じ。すぐに顎《あご》をつまんでキスをしたくなるだろうなあという大きさである。  ニャゴニャゴしていてすごく可愛いのだ。私はなお美さんを見るたび、 「一度でいいから、こんな小顔になりたかった」  と思うのである。洋服だって何だって似合いそう。かよわく見えて、男の人が守ってくれそうではないか。私のようにデカ顔の女は、それだけで圧迫感があり、強そうである。よほど目鼻立ちが大きくないと、顔の大きさに負けてしまう。  私の友人のスタイリストで、やっぱりすごいデカ顔のコがいた。彼女は目が細くて、すべてのパーツがこぢんまりとしている。すると、どういうことが起こるかというと、ただ、 「顔の大きい人」  という印象を人に残してしまうのである。頬っぺただけが記憶されたりする。  ところで、ついおとといのことである。京都駅のホームで、新幹線を待っていた私は、ものすごい大顔の女性が、ピンクのスーツを着てこちらに歩いてくるのを見た。五頭身しかない。しかも帽子をかぶっているので、ますます顔が大きく見えるのだ。なんと京唄子さんであった。  顔だけが歩いてくるという感じ。が、なんだか迫力があってカッコよかったのである。全身から「私は、京唄子よ」というオーラが出ている。まわりの人たちも騒ぐことはせず、あまりのオーラに遠まきにして眺めていた。  うーん、すごいと私もうなった。デカ顔の私としては、将来あんな風になりたい。中身がいっぱい詰まったデカ顔である。もうその人の存在自体が人に迫ってくるような、そんなデカ顔に私はなりたい。  けれども写真を撮る時、やっぱり悲しい。せめて少しでも小さくなるように、記念写真の時は決して端っこにいかない。真中にどーんと立つ。デカ顔の女は態度がデカくてそうしてるんじゃない。いじらしい女心からである。 [#改ページ]   たらたら未練  つい先日、『死ぬほど好き』という短編集を出した。中の一編にストーカーの女のコを主人公にしたものがある。とっくに冷めた恋人につきまとって、彼のアパートをちょろちょろする女のコの話である。  ついこのあいだ仕事の席で、何人かに、 「ハヤシさん、ストーカーの気持ち、よくわかりますね」  と誉められた。 「だってあれ、私のことだから。私って、別れた男に、いじいじつきまとうタイプだから」  家のまわりをうろちょろ、ということはなんとかやめたが、電話をしつこくかけるということを、よくした。 「とにかく一回でも会ってくれさえすれば、お互いの誤解もとけて、すぐにうまくいくはずなのに」 「とにかく、もう一回そーゆーことをすれば、きっと元通りになるはずなのに」  という�とにかく�が、私をしつこい、ますます嫌われる女にしたと思う。ところがまわりにいた編集者、キレイで頭がよくて、いかにもモテそうな女性が二人、実は私も、と言い出すではないか。 「テレビでストーカーのニュースをやると、絶対に見ないようにしてます。自分もいつかそうなるんじゃないかと思って不安で──」  ということであった。  そうか、みんなこれについては悩んでいるのか。よく「女の美学を貫こう」とか、「別れる時はカッコよく」などと書かれたり言われたりするけれども、実際はそういうことになるとむずかしいよなあ……。もちろん男の人に対する愛情や未練というものがことを複雑にしているけれども、年増になるとプライドというものがからんでくる。自分がコケにされたんじゃないかという思いだ。  男と女の別れに、対等のものはない。お互いに理解し合って、サヨウナラ、なんてものはドラマの中でだけの話だ。必ずフラれた人とフッた人が出現する。どんなふうにうまくやったとしても、この力関係は歴然だ。するとどういうことが起こるかというと、フラれた側の人間は、なんとかこの状況から脱しようと必死になる。  とにかく会って、すがって、元通りの男女の仲になる。そして彼を自分に夢中にさせる。 「やっぱりオレには、お前しかいない」  などということを言わせる。そうしたら今度は自分の方からフッてやるんだ、と女はつまらんストーリーを考えるわけだ。そんなことなんて、まず起こるわけがないのにね。  ところで私は若い頃フラれて、とてもとても傷ついたことがある。私が無名のコピーライターをしていた頃、とてもみじめな捨てられ方をしたのだ。ビンボーで才能もない私は、あの時こう思った。別に復讐《ふくしゆう》を誓う、といったおおげさなものではない。昔からよくした妄想というやつですね。  うんと有名でエラいコピーライターになった私は、業界人が集まるカッコいいバーでとりまきに囲まれて飲んでいる。一流の業界人じゃないとなかなか来られないお店よ。するとそこに二流の業界人の彼が、おずおずと人に連れられて入ってくる。そして女王さまのように振るまう私を見るの……。彼の心に深い悔悟と私への関心が再びわくの……。  そして時がたった。私はひょんなことから、単なる業界の有名人のコピーライターどころじゃない、テレビや雑誌にひっぱりだこの有名人になった頃の話。  雑誌の仕事で新宿発の「あずさ」に乗ることになった。当時私は東麻布《ひがしあざぶ》に住んでいて、どこへ行くのもタクシーを使った。そう、十五年前というのはテレビに出まくっていた頃で、今よりもずっと顔が知られていて、とても電車に乗れなかったのだ。  ところがタクシーがなかなかつかまらないうえに、やっと乗ったところが大渋滞、私は仕方なく降りて、地下鉄の駅へと走った。もう髪をふり乱し、ものすごい形相で階段を下り、汗びっしょりかいて車輛《しやりよう》に飛び乗った。ドアがばたんと閉まる。驚いたのなんのって、そこに彼が立っていたのだ。  口惜《くや》しいことに相変わらずカッコいい。そお、私って昔から面喰《めんく》いだったのよね。 「あ、マリちゃん、久しぶりだね」  他に連れもいたので、彼はそう馴《な》れ馴れしくなることもなく話しかけてきた。 「ええ、ごぶさたしています」  と私はよそよそしく言った。警戒していたからじゃない。あまりにもみじめだったからだ。バーで女王のように振るまう私はいったいどこへ行ったのよ。私っていつもは車使うのよ。あちらからハイヤー来ることだって多いのよ。本物の有名人になったんだから、地下鉄に乗ることなんかめったにないのよ。それなのに、それなのに、よりによってどうして、こんなにカッコ悪いところを見られてしまうんでしょうか。  私は趣味が悪いと言われようとも、何かの口実を使って昔の男の人に会うのって、なかなかいいことだと思う。うんとおしゃれして、お店の照明まで計算に入れて男の人と会う。二人だけにわかる懐かしい話をして、時々うっかりと「○○ちゃん」なんて恋人時代の呼び方してさ。ま、むこうも大人だから何も起こらないけど、あってもいいかな、なんて思っていろいろ考えたり、悩んだりするのも好き。ナマナマしい若い人には無理かもしれないけど、年増になるとこういう楽しみがある。スルメみたいに思い出を噛《か》んで噛んで、深い味を楽しむのさ。 [#改ページ]   遅すぎたダイエット  皆さん、夏のバカンスどう過ごしましたか。私は六月にミラノ郊外のコモ湖で遊ぶ、という超リッチな休日をおくったのであるが、夏は一転して山梨の実家というていたらく……ハイ。  テツオからファクシミリが入った。 「あんたは元々そっちの人だから、田舎ヴィールスにやられないようにね」  そう、いつも田舎へ帰ると食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をおくり、化粧もほとんどしないもんだから顔つきも変わってくる。ひどい時なんか二重瞼《ふたえまぶた》がひと重になり、ずっとそのままだった時もある。東京に帰って、濃いめのアイメイクをしたとたん、二重瞼に戻り、あの時は驚いた。  しかし今度の帰省はいつもの帰省と違う。休暇明けに幾つもの取材やインタビューが入っている。私が美女に変身したらしい噂がとみに高くなり、そのテの仕事が目白押しなのだ。みんな「美女入門」がらみで、ファッショナブルな写真を撮らせて欲しいという。  この他にも仕事がらみのブラックタイパーティもあり、イブニングのお出かけもある。いつものようにぐーたらに過ごすわけにはいかないのだ。もちろんダイエットは続行中である。私の人生、これほどダイエットが続いたことがあるだろうか。十五年前、鈴木その子先生に直接指導していただいて以来である。  私のような怠け者の意志の弱い人間には、やはり指導者が必要なのだとつくづく思う。私のダイエットレッスンも四クールめに突入している。五クールめを申し込んでもいいのだが、そうなるとかなりの金額になる。ダイエットの先生によると、今まで三クールやったのが最高で、五クールもやったことはないという。普通の人なら二クール(注・ワンクール六週間)もやれば、たいてい十キロは痩《や》せるそうだ。が、私の体重の減り方はすごく遅い。悲しくなるくらい遅い。 「ハヤシさんは仕方ないですね。おつき合いが、人の何倍もある人だから」  そりゃそうだ。いくらお酒や主食、デザート類は抜いているといっても、東京にいると毎夜のようにフレンチやイタリアンを食べている。このあいだはものすごいお金持ちの御曹司(注・しかも超ハンサム)に、年代もののワインをどっさりご馳走《ちそう》になり、次の日しっかりと体重が増えていた。  けれども田舎にはそういった誘惑はいっさいない。たまに同級生からお誘いがあるけれどもきっぱりと断る。果樹どころなので、新鮮な桃や葡萄《ぶどう》をいただくけれども、果糖が怖くてひと口も食べていない。我ながらすごい克己心である。  それならば、どういうものを食べているかというと、野菜を中心とした九品目の料理を朝と晩の二回食べる。といっても、ちゃんと調理する時間がないので、トマトやチーズをかじる。牛乳を飲むことも多い。ちょっと余裕がある時は野菜|炒《いた》めかしらん。そして朝晩二回の腹筋も必ずやる。  そう、外見もババっちくならないように気をつけているんだから。家にいる時はたいていTシャツとジーンズだが、どっちもジル・サンダーだから形が違う。スーパーに行く時も軽く化粧して、サングラスして、我ながらカッコいいと思うわ。そうよね、さりげないけれど、はっとひと目をひくおしゃれって、こういうことなんじゃないかしら。  スーパーでたまに昔の同級生と会うことがある。はっきり言って、みんなおばさんになっていることに驚く。東京で手間とお金をかけている分、私の方がずっと若いと思うわ。顔だけじゃなく、体つきもジーンズがよく似合うしさあ……。  が、私は思い出す。中学、高校の過去をだ。彼女たちの方が、私よりもずっとモテた。私よりずっと楽しい青春をおくったかもしれない。うんと年増になってから美女になり(?)、モテたとしてもそれがどうだというんだ。人間やっぱり十七歳の時にうんとキレイで、モテなければつまらないんじゃないだろうか。後の女としての人格形成も大きく左右される。  つい先日のこと、「アンアン」誌上で北川悦吏子さんとSM対談をした。私はもちろんM女の代表、北川さんはS女の代表としてだ。北川さんは少女の頃からモテていて、 「私がわがままなことを言えば、座も盛り上がるし皆も喜ぶ」  という信念をずっと持っているそうだ。今のような超人気脚本家になってからは、その信念にますます磨きがかかっているみたい。私のようなM女は、現在に至るまでずうっと人になめられる。男性のことはいうに及ばず、編集者もさー、私に説教したり、ナンダカンダ言うしさー、ちやほやされたことなど一度もない。これもやはり少女の頃のトラウマが原因なんだと、つくづく思う故郷であった。  そこへ親戚《しんせき》のコが遊びにやってきた。このコは可愛い顔をしているのだが、わが一族のDNA、肥満をしっかりと受け継いでいる。お勤めを始めた二十二歳だ。 「マリコねえちゃん、そんなに痩せてスゴいわ」 「こんな年で痩せたって無駄かもね。私があなたの年でダイエットを始めてたら、人生変わってたかも。うんとモテモテで、いい男と結婚してたかも。あー、口惜しい、人生をやり直したい」  彼女にハッパをかけているのだが、これって半分本音かも。 [#改ページ]   バッグ貧乏  この秋、ファッション業界の話題をひとりじめしているのが、アルベルタ・フェレッティの日本進出であろうか。  いろんな人から教えてもらった。 「すっごく女っぽいんだけど可愛いの。手の込んだ刺繍《ししゆう》もしてあって、きっとハヤシさんの好きなタイプだと思うわ」  今月号あたりから、女性誌にやたら出るようになった。スタイリストの人たちがこぞって使うのだ。このあいだもある雑誌を見ていたら、女優さんがアルベルタのドレスを着ていて、なかなかエレガントでいい感じ。値段を見ると、ジル・サンダーとそんなに変わらないぐらいであろうか。一度着てみたいなあと思っていたところ、日本店オープンのためにアルベルタが、コレクションとパーティを開くことになった。 「ハヤシさん、絶対に行きましょうね」 「うん、行く、行く、行きますとも」  親しいファッション誌の編集者と約束していたのであるが、招待状が送られてきたら既にその日先約があった。そんなわけで欠席の返事を出したところ、なぜかテツオからすぐに電話があった。 「あんた、あのパーティへ行かないなんて。東京中のおしゃれピープルが集まるんだぜ」 「おしゃれピープルっていったって、どうせいつもと同じ顔ぶれでしょう」 「そういうこと言うと、永遠におしゃれピープルになれないよ。絶対に行った方がいいよ」  としつこく誘われたが、結局歌舞伎見物の方を選んだ。が、あそこまで言われちゃね。一週間後、南青山に出来たショップに行くことにした。有名建築家がつくったという、とてもキレイなショップです。この時は、まだ開店したばかりで品数が少なかった。二階がソワレ売場になっていて、イブニングドレスがいい感じ。ビーズ刺繍がとても手が込んでいるのだ。  しかし、しかしである。ここの服はすごくサイズが小さい。手にとったとたん、あ、これはダメだと思う。店員さんも私に恥をかかせまいと一生懸命だ。 「もうちょっと上のサイズ、お取り寄せしましょうか」  そしてピンクのレザースカートで、秋にぴったりの一着が見つかった時の嬉《うれ》しさ。店員さんもほっとした様子である。いろいろ気を遣わせてすいませんでしたねえ……。  それにしても、このところ服の買い方が尋常ではない。このあいだのミラノで、二年分買う、なんて言いわけして買いまくったが、日本へ帰ってくれば帰ってきたで、秋の新作が欲しくなる。新しいショップのものは、たとえTシャツ一枚でも買っておきたいしさあ……。  ところで来月、私はニューヨークへ行くことになっている。帰りにロスへも寄る。講演会をするためであるが、バブルの絶頂期にわくアメリカを、ぜひこの目で見たいと思って引き受けたのだ。  そして私は決心した。 「ニューヨークでは何にも買わない。絶対に」  とにかくこの三、四ヶ月、痩せて今までの服が入らなかったこともあるが、ものすごい量の服を購入しているのである。カードの明細書が来るたびに、ギャーと叫び青ざめている日々だ。このうえニューヨークで買い物をしたら、私は定期預金を切り崩していかなくてはならないだろう。 「でもハヤシさん、ニューヨークへ行って、何にも買わないなんて不可能ですよ。いまあそこは、世界中からいいものがどっさり集まっていますからね」  と言ったのは、やはりファッション誌の編集者である。 「買わないったら、買わないのよ」  それで私はひとつの作戦を考えた。それはスーツケースを、いつもよりずっと小さいキャリータイプのものに替えるということだ。私はスーツケースに関しては結構うるさい方で、世界中旅していろいろなものを買ってきた。ドイツのがっしりしたやつ、フランスのラ・バガジェリーのソフトタイプ、などいろいろだ。今、愛用しているのが、五年前にニューヨークで買ったゼロの大きいタイプである。シルバーメタリックでとても綺麗《きれい》。いつもは中を少なめにして、買い物品でぎっしり埋めて帰ってくるのであるが、これから方針を変えよう。必要最低限のものしか入らないキャリータイプにするつもりだ。  が、キャリータイプはたいていちょっとビンボーたらしい。素敵なものがないのだ。今年エルメスが、初めてこのタイプを売り出したのだが、なんと八十万円以上する。これじゃバッグごと盗まれそうだ。 「エルメスは無理だけど、どこにすればいいかな」  とまわりの人にアンケートをとったところ、やはりルイ・ヴィトンかプラダがいい、という意見が圧倒的であった。が、ルイ・ヴィトンはあまりにも人気があり過ぎて、ターンテーブルで同じのをよく見るしなー。 「だったら市松模様にすればいいんです」  そんなわけで昨日、紀尾井町《きおいちよう》のルイ・ヴィトンへ見に出かけた。売り切れていて、銀座にあるという。そんなわけで今日出かける。  なんのことはない。買わないために、十五万円のバッグを買わなきゃならないわけじゃん。もー、いっそのこと紙袋で出かけようかと思う私である。 [#改ページ]     モテる女の人生 [#改ページ]   コナ撒《ま》く女《ひと》  テツオは男と女のことに関して、なかなか奥深いことを言うことがある。まあ、たまにだけどね。  おいしいイタリアンを食べ、帰りのタクシーの中でのことである。私が友人の噂をして、あの人、モテるからいいなあ、と口にした。 「でもよ、モテるっていったい、どういうことなんだよ」  テツオの質問に、一瞬たじろぎ、答えられなかった私である。 「そりゃー、これぞと思う男から好かれることなんじゃないの」 「それはさー、単に恋愛がうまくいったっていうことじゃねえか」  なるほど、そのとおりかもしれない。 「いいかい、モテるっていうのは三つのコースがあると思うんだよな。ひとつめは、今言ったみたいに、狙いを定めた男に好かれるっていうこと。ふたつめは、まわりの不特定多数の男から、多少好意を持たれてるっていうこと。みっつめは、好きでも何でもない男からも口説かれるっていうこと。あんたがモテるっていって、望んでいるのはこのうちのどれなんだよ」 「そりゃ、ふたつめのさ、まわりの男たちみんなから評判がよくて、好かれてる状態ね。多くの男は私のこと、淡い好意を持ってるの。でもね、中にこれぞと思う男がいて、それに焦点絞っていくと、そこはいっきに濃くなる。これが理想かしら」 「けっ、世の中そんなにうまくいくわけがねえじゃんか」  テツオはせせら笑った。 「ここがむずかしいとこだけどよー、単に狙った男とうまくいくだけじゃ、モテるっていう評価はもらえないんだぜ。まわりでモテる、っていう評判が立つためにはよー、多少|雑魚《ザコ》どもともスッタモンダがなくっちゃな。つまり、いやなめにも遭うってことだよな」  そういえば私の友人にも、モテるという評価の高い人がいるが、彼女は友人だと思って安心していた男から、何度も押し倒されそうになったという。これまた若い友人であるが、彼女は、いつも「淋《さび》しいから」という理由で、おミズ系の男と仲よくする。バーテンダーの男のところへ通いつめたりするのだ。すると当然のことながら彼は口説いてくる。すると彼女はどう対処するかというと、 「私はお友だちと思って、いろんなことをお話しするのが楽しかったのに、どうしてあんなことするのかしら」  とブリブリ泣いたりするのですね。私はテツオに言った。 「よく女で、私は全然そんな気がなかったのにというのがいるけど、端で見てて、たいていすごいコナ撒いてるよね。もう無自覚のままに、コナを撒き散らしてるよ」 「そうなんだよ」  よほどつらいことがあったのか、テツオは力を込めて頷《うなず》く。 「モテる女っていうのはよ、やるべきことはちゃんとやってる。何もしてないーっていうことは絶対にない!」  とはいうものの、そんなにコナ撒いてるつもりもなかったのだが、そのうち全然その気がないのがひっかかってる、ということがある。それがそこらの男友だちならいいのだが、仕事の関係者で結構力がある、というケースもよくあることですよね。ここは女としてのテクニックが問われるところだ。  私は最近仲よしの千代菊さんに聞いてみた。千代菊さんというのは、新橋の売れっ子芸者をした後突然やめ、パリに留学した。今はフラワーアレンジメントの仕事をしているという若くてカッコいい美女である。頭もものすごくいい。私は最近彼女とつるんで、いい男たちといろいろ楽しいことをしてるのだ。  私は男女関係においてエキスパートともいえる千代菊さんに尋ねた。 「ねえねえ、あなたみたいにキレイだったら、いろんな人に口説かれて、すごくわずらわしいことが多いでしょう。そんな時は、どうするの」  彼女は艶然《えんぜん》と笑って答えた。 「あら、そんなの。どんな男の人だってウエルカムよ。だって好意を持ってもらうのは嬉《うれ》しいから、有難くいただいておくわ。気持ちはね」  ふーむ、やっぱりモテる女というのは、余裕があって大らかである。一応門戸は広くしておいて、厳選はしているっていう感じだな。いずれにしても私もモテたい。私は今のところ、そうだいそれた望みを持っていないの。愛してる、つき合ってくれ、なんていきなり言われても困るし、そんなシチュエーションはとてもむずかしいと思う。ただね、 「ハヤシさんってキレイで感じいいね。またご飯を食べたいな」  といったレベルでいいの。そこまで持っていけたら、後は私の努力で少しずつ高い方へ持っていくつもり。デイトをだんだんそれっぽい方向へ持っていくのって本当に楽しいものね。が、テツオのように、二十年間二人でご飯食べても、ちっともそれらしくならない男もいるけどさー。 [#改ページ]   縁遠い女の正体  結婚する意志がない人を、ふつう「縁遠い人」とは言わない。こういう人は今回読まないでね。  結婚する意志はあるのだけれど、出来ない女の人を「縁遠い」と言う。私のまわりにはなぜか「縁遠い三十代の女性」がものすごく多い。知り合った頃はピチピチの二十代なのに、なぜか私と親しくなると結婚から遠ざかっていくみたいだ。 「ハヤシさん、どなたかいい方いませんか。お願いします」 「ハヤシさん、何とかハッパをかけてくれよ」  と、彼女たちの母、姉、兄(あまり父はいない)から頼まれる。私はこの忙しいのに、手持ちのカードから感じのよい男を選び出し、食事をセッティングしてあげるの。  けれどもうまくいった例《ため》しがない。みんな一回ごはんを食べ、あるいはもう一回会ってサヨウナラーということになってしまう。  この反対に「恋多き女」とか「魔性の女」と呼ばれる人を見ていると、最初会った時に必ず勝負をかける。偶然に私が引き合わせると、後は「アレヨ、アレヨ」ということになってしまうのだ。驚くぐらい素早い。  こういう人と比べて、私は少しずつであるが、なぜ彼女たちが縁遠いかわかるようになってきた。縁遠い女の第一の特徴は、一度決めた予定を決して崩さないことだ。 「今日さ、おいしいイタリアンの店、席が取れたから行こうよ」  などと電話をしても、 「今日は早くうちに帰って、いろいろすることがあるから」  と頑として聞かない。 「でもさ、そんなこと明日にだって出来るじゃない」 「でもね、まとまった時間がとれるのは今日だけだし、しようと思うことをやめるのはイヤだから」  だと。私のように「ついでに」とか「思いついたから」という言葉も大嫌いだ。  男の人との出会いは、「ついで」に寄ったまわり道に案外多いものなんだけどね。  そして縁遠い人の大きな特徴として、家族とやたら仲がいいことが挙げられる。私の知り合いに、やはり娘が結婚出来なくて困るという人がいた。その人がうちのピアノを見てこう言った。 「うちでは夕食を食べた後に、よくみんなで合奏するんですよ。娘がピアノ、僕がバイオリン、妻は何も出来ないからたて笛を吹かせます。息子は時々歌を歌うかな」  私はへえーっと思った。十二、三歳ならいざしらず、ここのお嬢さんは三十過ぎているのだ。家族と合奏して楽しいなんて、ちょっと悲しいんじゃないだろうか。  また縁遠い人、というのはもともとまじめな人が多いから、仕事を一生懸命する。給料が少ない、つまんない仕事でも一生懸命する。私は男性を紹介しようと、ある女性を何度も食事に誘ったが、そのたびにドタキャンされた。 「すいません、急な仕事が入っちゃって、どうしても行けないんです」  私はやさしいので、彼女の暇な時を待つつもりであるが、こういうのって相当むずかしいかも。  また縁遠い女の特徴として、姉妹がいるということも挙げられる。これがいろいろな心の葛藤《かつとう》を生むのだ。姉、もしくは妹がエリートと結婚し、幸福な生活を営んでいると、さらに上を狙ってしまうし、反対に不幸な結婚だと、よくないモデルケースとなることもある。  三十を過ぎると、若いコのように合コンに励む、というわけにはいかない。メールも入ってこなくなる。自力ではなかなかむずかしくなってくるのだ。私のまわりにいるコたちは、性格のよいコたちばかりだ。美人といってもよいだろう。結婚なんかするつもりはない、と言い切るキャリアウーマンタイプでもなく、ごくごく普通のお嬢さんばかりだ。が、こういう感じが、いちばんむずかしくなってきている世の中かもしれない。 「ハヤシさん、私、もうダメかと思うんですよね」 「そんなことないでしょ。あなた、まだ三十歳になったばっかりじゃないの」 「いいえ、もう三十四です」 「あら、もうそんなになるの」 「前にハヤシさん、言いました。三十過ぎると後は早いよー、坂をころがるようだって言ってたけど本当ですね」  そんなことに感心しちゃダメなんだってば。私はこういう女のコたちと、ちまちまとした遊びを楽しんでいる。一緒に歌舞伎やコンサートに行ったり、おいしいものを食べたりしている。  そうそう、縁遠い女のもうひとつの原因は、いい女友だちを持っているということですね。彼女によって日常の楽しみが完結されてしまうのだ。特に私のように、年上でお金もっていて世話好きの女というのは、実は彼女たちに悪影響を与えているのかもしれない。  ある人からこう指摘された。 「ハヤシさんが紹介する男って、あんまりいいのがいないんじゃないの。だから彼女たちは失望しちゃうんだよ。ハヤシさんって、いいのは、絶対自分のためにとっとくタイプだもんね」  そんなことは……ない。手持ちのコマの中でも、いちばんと二番ぐらいはあんまり市場に出さないけど。 [#改ページ]   結婚しない男  初対面の人に必ずといっていいほどされる質問がある。それは、 「テツオさんってどんな人? 本当にハンサムなの? 本当にあんなに意地が悪いの?」  といったものである。  私は皆さんの疑問にお答えしようと決心する。テツオに言った。 「ねえ、今度のサイン会に一緒に来てよ」  ご存知『美女入門PART2』の発売を記念して、このところ東京や札幌でサイン会をすることになっているのだ。来週は博多へ行くことになっている。 「もうさ、フグを食べられる頃になっていると思うよ」  と言ったらかなり心が動いた様子だ。 「私と仲のいい地元の女子アナも呼んどくから、ぱーっとやろうよ」 「おっ、いいじゃん、いいじゃん」  ということで話がまとまった。 「ところで、その女子アナっていったいいくつぐらいなんだよ」 「えーと、確か私よりひとつかふたつか下なんじゃないかな」 「あんたねぇ……」  などというやりとりがあったのであるが、とにかく私とテツオは九州に飛んだのである。  当日テツオと他の人たちは見物に出かけたけれども、私はホテルの美容室へ行き、ブローとネイルをしてもらった。「美女入門」を書いてからというもの、なんといおうか自覚と責任をもった私である。  買ったばかりのジル・サンダーのスーツを着て、会場へ行った。ま、自分でこういうことを言うのはナンであるが、ほんとのことだから仕方ないわ。  来てくださったほとんどの方がこう言ったの。 「ハヤシさんが、こんなにスリムできれいな人とはびっくりしました」  だって。そうそう、こんなメッセージを書いてきた人もいたわ。 「作家っていうよりも、女優さんって感じですね」  あーら、ほんとのことよ。このメッセージカードは、みんな見ているもん。が、最初は嬉《うれ》しかったけど、だんだん複雑な気分よ。だってほとんどの人が、イメージとまるっきり違うって言うんだもの。  世の中の人っていうのは、私のことをほんとにブスですっごいデブだと思っているみたいね。だからあんなに驚くんだわ。いじいじいじ……。ま、それはさておき、サイン会に来た九割の人が私に尋ねた。 「テツオさんって、どんな人なんですか?」 「そこに立ってる人がそうですよ」  エーッ、たちまち起きる大歓声。気がついたら、テツオってば女のコに囲まれて、サインなんかしてるじゃないの。  後でテツオが言うには、 「やっぱり頼まれると嫌って言えねぇもんな。これも読者サービスだぜ」  などと照れていたが、結構嬉しそうであった。読者の人が私に言った。 「私、ひと目見てテツオさんだってすぐにわかりました。本当にハヤシさんの言うとおり、ハンサムで素敵な人ですね」  と評判がよいのである。 「だけど……」  と、その人は言った。 「本当に、ハヤシさんの書いているみたいに、テツオさんって口が悪いんですか? 本当にあんなにひどいことを、言ってるんですか?」  本当ですとも。その夜のことである。例のアナウンサーのA子さんがやってきて、たのしい食事となった。彼女は、少々とうがたってきたというものの、本当に美人である。頭もよく、知的で素敵な人だ。  しかし、こういう完璧《かんぺき》な人が必ずしも幸福とは限らないように、彼女も独身である。ちょっと酔っぱらった彼女から、悲しい恋の話を聞いた。その時はたいして興味もなさそうにしていたテツオであるが、その後でしみじみ言った。 「典型的な男運のない感じだよなぁ。ブスで男運がないと、まあ、同情もされるけどよー、あんだけ美人だと、本人が好きで男運悪くしてるんだろうな、ってことになるよな」  などと、ひどいことを言う。  このことを別の女友だちに言ったら、 「自分だってまだ結婚できないんだから、女運が相当悪いんじゃないの」  と笑っていた。そういえば、読者の方からの、これまた多くの質問に、 「テツオさんは、まだ結婚してないんですか」  というのもある。正真正銘の独身である。しかし彼は自分のことを、女運が悪いとは思っていないようである。いろいろチャンスはあったんだけど、選んでいたんでこうなったんだと言い張る。  私は、こんな話をしてやった。 「あんたも知ってる、私の親戚《しんせき》のOLチエコ、このごろ結婚したくなったんだって。だから、テツオさんなんかどう? って言ったらさ、四十過ぎたおじさんなんか、絶対に嫌だ、って言ってたよ。若い女のコから見れば、あんたなんか、もうそんなものなんだよ」  と言ったら、 「チエコが本当にそんなことを言ってたのか。若いったって、自分も三十いったくせに、よーし覚えてろ」  とかなり本気でおこっていた。しかしこんなテツオでも、博多の皆さんにちやほやしていただき、とても嬉しかったみたいだ。著者(私のことね)ともどもありがとうございました。 [#改ページ]   添えもの人生  めっきり痩《や》せてキレイになった、という評判の私。こうなってくると、人に見せたくなるのが人情である。 「ここらで一発、テレビに出てみるのもいいかも。本も売れるしさ」  とテツオが言う。しかし普段テレビ出演をしないことにしている私のところに、めったに依頼はない。たまに来ても、「エーッ、なんで私が」と、がっかりするような内容のものばかりだ。私が望んでいるのはさ、おしゃれな番組にさりげなく出ることなのであるが、世の中そんな風にうまくいくはずないわよね。  ところがある日、思いっきり華やかなご招待がやってきたではないか。世界的なダイヤモンドの広報団体であるデビアスが、国立科学博物館で「ダイヤモンド展」を開くという。二年前私がここから、「その年いちばん輝いた女性」ということで、ダイヤモンド・パーソナリティ賞を貰《もら》ったことを憶《おぼ》えているだろうか。今回そのよしみで、オープニングパーティのテープカットをしてくれというのだ。もうひとり大物の女優さんか歌手の人に交渉中だという。  ふーむ、いい感じかも。当日はマスコミの人もいっぱいやってくる。ワイドショーのクルーもくる。いつもはそういう前を通るのがイヤで、パーティにも試写会にも行かない私だけれど、ちょっと出てみるのもいいかもね。当日はうんとおしゃれをしちゃおう。テレビを見ていた人は驚くかも。 「わ、すごい変わってキレイになっちゃって」  週刊誌のグラビアにも出るかも。そうそう十三、四年前、コレクションを見に行った私がめっきりスリムになっていたというので、女性週刊誌の表紙を飾ったことがあった。中吊《なかづ》り広告にもどーんと出て、電車に乗っていた私は、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになったわ。ここんとこめっきり地味になってる私に、もうそんなスポットライトはあたらないかもしれないけど、とにかく今度のパーティで素敵な私をご披露するのよ。  当日私は、わざわざヘアメイクの人に家に来てもらった(もちろん自費)。流行のメイクをしてもらい、ミラノで買ったシャネルのイブニングドレスを着た私は、もうすっかりスター気分。  テープカットをするということで、デビアスがハイヤーを頼んでくれた。ところがこの運転手さんがドジで、裏門につけるのである。 「こんな真暗で、人けのないとこ、違うと思うけど……」 「いや、ここがそうです」  ときっぱり。車から降りて確かめると、正面は違うところだという。が、私と同じようにここで降りてしまった人が何人かいる。中にお相撲さんがいた。着ているもので人気力士とわかる。 「よかったら正面玄関まで、この車でご一緒に」 「すいません。ありがとうございます」  近くで見たらものすごい美男子で感じもいい。雅山関であった。私はデブの男は嫌いであるが、こんな風ならいいかも。今日からファンになるわ。そうだわ、入場する時、腕組んでもらって一緒に入ろうかな……などといろいろ考えたのだが、彼は仲間のお相撲さんと待ち合わせていて途中で降りてしまった。  私はひとりで、よたよたとライトが煌々《こうこう》とついた階段を上がる。すごい高いヒールを履いてきたのだ。見物人もすごいし、まわりは報道陣がとり囲んで、まるでアカデミー賞の授賞式みたい。緊張するけどいい気分。そーよね、叶姉妹みたいにこの一瞬のためだけに、日々生きてる人もいるんだもんね。  ところが、ところが、誰も私に気づいてくれないのである。報道陣の大きな声が飛ぶ。 「デーブ・スペクターさん、こっちを見てください」  どうもスペクターご夫妻が私の前を歩いているらしく、歩行が止まった。たくさんのシャッター音。私は夫妻の陰となり、背後霊のようにしばらくそこに突っ立っていたわ……。哀しい。  でも私は、今日のメインイベントであるテープカットが待っている。いくら何でもみんな私のことに気づいてくれるかも。今日は趣向を凝らして、テープカットの代わりに恐竜の卵にタッチし、それの色が変わり、音楽が始まるという派手な演出だ。  やや遅れて工藤静香ちゃんがやってきた。黒いイブニングに、焼けたトースト色の肌。豪華なダイヤのネックレスが似合っていてすごくキレイ。デビアスの日本支社長を中心に三人でステージに立った。まわりを招待客や報道陣が囲む。招待客の中にはテツオがいたが、 「あんたってモロ、添えものという感じで可哀想だった」  と後に証言している。  次の日、うちでとっているスポーツ紙は、久々にマスコミの前に姿を現した静香ちゃんの姿を、カラーでトップ扱いにしている。階段を歩く写真で、もちろん私なんか全く無視よ。ワイドショーをちらっと見た。ダイヤをつけて艶然《えんぜん》と微笑みながら恐竜の卵に触れる彼女の横に、おじさんがいて、おばさんが肩だけ映っている。そのおばさんが私よ。たくさんのフラッシュを浴びて(静香ちゃんに向けてのものだけど)、顔がひきつっている。人間、いくら努力してもかなえられないラインがあるのよね。芸能人の真似をしようとした私が身の程知らずでバカだったわ。私は帰りにテツオと中華料理店へ行き、トイレの中でイブニングドレスを着替えた。  何もいいことがなかった、シンデレラの気分だ。 [#改ページ]   NYお買い物ツアー  私はパリ、ミラノも大好きであるが、ニューヨークも大好きだ。いつも最先端のものがあって、おしゃれな人たちが素敵な格好で通りを足早に歩いていく。  ジャパン・ソサエティで講演をするため、三年ぶりにここにやってきた私。何も買わないつもりだったのに、やはり店へ、店へと吸い込まれる。が、物価高のために、値段はほとんど日本と変わらない。中には日本の方が安いものもあるくらいだ。  しかし、それはそれ、やはりニューヨークである。ラルフ・ローレンは驚く大きさの店舗で、日本にはないラインがあり、ぐっとおとなっぽいものも揃っている。イブニングドレスはすごく可愛い。  セリーヌをデザインしているマイケル・コースが、先週オリジナルブランドの店を出したというのでさっそく見に行った。なんと本人が売場に立っているではないか。  お店は大変な混雑で、二十万、三十万円のお洋服が、まるでスーパーマーケットの卵のように売れている。試着室も満員でずっと待たなくてはならなかった。そのまま帰ろうと思ったが、白と黒とのパッチワーク風革のスカートがちょっと気になる。 「ハヤシさん、今これを着たらかなりの自慢よ。東京のおしゃれな人たちはあっと思うはず。マイケル・コースの今年のシンボルだもの」  ということで、見栄っぱりの私はつい購入してしまった。着たら本当にカッコよかったんだもの。どこかの雑誌で見てね。  この後はおめあての「ジェフリー」へ行く。ミートマーケットに出来た話題のセレクトショップである。 「店員さんが全員ゲイなんだけど、それを見ているだけで面白いのよ」  こちらの友人が言う。行ってみると、体育館のような大きさのところに、各ブランドがどっさり集まっている。ご存知のように海外は、ちょっと見ていると、店員さんが、 「May I help you?」  と寄ってくる。かなりうざったらしいシステムだ。その点この店は、ジル・サンダー、グッチ、ヘルムート・ラング、なんていうのがラックにずらーっとかかっていて、着放題、靴は履き放題である。私なんか緑のスウェードにファーがいっぱいついた、どこかのイブニングガウンをちょっと遊びで着てみた。 「これって、すっごくいいでしょう」  近くにいた美形の黒人店員が、体をくねくねさせながら私に声をかける。 「これ、リバーシブルにもなるから、ちょっと裏返しにしてみたらいいわよ〜」  裏はすべてファーだ。が、鏡を見て私は思わず吹き出した。緑色のぬいぐるみ状態。そう、「セサミ・ストリート」の、あの気持ち悪い鳥さんとそっくり同じなのだ。 「いやだー、これじゃ仮装行列だよ」  私の言葉に、日本語がわかるはずもないのに彼もゲラゲラ笑う。  それから彼は、センスのよいNY在住の私の友人に話しかける。 「ねえ、あなたのそのレザーのジャケット、いいわあ〜」 「あら、どうもありがとう」 「それって、ダナキャランでしょう。私、すぐにわかったのよ。私、ブランドのことはたいてい知ってるの〜」  彼の「I know〜」というイントネーション、聞かせたかった。おねえ言葉というのは、万国共通だとつくづく思ったわ。店員さんは白人の人も黒人の人も、デブもマッチョもいるのであるが、その種類の人たちであることは共通している。オーナーの趣味なんだろうが、ゲイの見本市みたいだ。けれどもみんな親切でまめで、とても感じがいい。 「私、ここに来るたびに天職ってあるんだなあって思うのよ」  と友人がしみじみと言った。  そしてランチは思いきりバブリーなフレンチ料理にした。美しい盛りつけのものが、器に少しずつ出てくる。料理もデザートもひとりひとり違えてくれた。私の目の前に置かれたのは、チョコレートのミルフィーユ。白いソースがかかっている。  ひと口、さじでなめてみる。ああ、何て言ったらいいのかしら。地獄に落ちるようなおいしさなんだ。 「これを誰か食べて〜」  私はテーブルの向こう側に皿を押し出した。 「これをこの世から、早く消滅させて頂戴《ちようだい》」  夜は夜で、ダウンタウンのスシ・バーへ出かける。ここは今、ニューヨークでいちばんヒップなとこなんだそうだ。ウェイティングバーで、グウィネスがいるのを友人は目撃したという。  店は超満員で、バーもテーブルも人で埋まっている。音楽ががんがん鳴って、そのうるさいことといったらない。みんな器用にお箸《はし》を持って、お鮨《すし》をつまんでいる。昔からスシ・バーへ行くのはおしゃれなことだったが、このバブル景気でもっと流行《はや》ってきたみたいだ。  帰りは歩いて、近くのデリで小さな買い物をする。昔なら考えられないことだ。十七年前初めてこの街に来た時、ダウンタウンなんか夜歩けなかった。ワンブロック行く間に物盗りに遭うか、レイプされると言われたものだ。ところがこの何年かで、NYはすっかり安全な都市となり、女のコがひとりで真夜中に地下鉄に乗っても、まるっきり安全のようである。  すごいぞ、ニューヨーク。ますます私を手招きしているようではないか。ここで暮らすのが私の夢であった。シガラミがいっぱい出来た今の私であるが、絶対に絶対にここで暮らすんだ、と心に誓う。  あさってはロスへ飛ぶ。ニューヨークは十数回来ているのに、あそこへ行くのは十五年ぶり二回めだ。どんな風に変わっているんだろうか。 [#改ページ]   整形疑惑  ある人は言った。 「ニューヨークは特殊なところなんだ。あそこはアメリカじゃないよ。アメリカっていえば、やっぱりカリフォルニアのロサンゼルスだよ」  というわけで、女四人やってきました、ロスへ。しかしニューヨークからいきなりここへ来ると、やっぱり田舎に見えてしまうんだよな。しかしいろんな人に聞くと、こんなに住みやすいところはないという。気候はいいし食べものもおいしい。適度に緊張しながらもリラックス出来るんだそうだ。  そのせいであろうか、いろんな有名人が住んでいる。松田聖子ちゃんちはすぐそこらしいし、矢沢永吉さんの大邸宅もある。かのミナコ・サイトウもロスにお住まいだ。まずはお買い物ということになり、ロディオ・ドライブへ出かけた。ご存知のとおり、高級ブランド品店がずらり並ぶ一角。そう『プリティ・ウーマン』の中で、ジュリア・ロバーツがいっぱいお買い物するところだ。しかしここ、あまりにも店が揃い過ぎて、なんだかつくりものめいて見える。ニューヨーク郊外にあるアウトレットの街、といったらいちばん近いかしらん。ニューヨークで買い過ぎたこともあり、ここはざっと通る。  そしてやはりロスに来たらということで、ビバリーヒルズの超一流の美容整形医とエステを予約した。美容整形といっても、顔を直すわけじゃない。今、ロスで話題になっているのは、ナントカ菌を注射して皺《しわ》を消すやり方だ。一緒に行った女性編集者は、八〇〇ドル出してさっそくやってもらっていたので、私も頼もうとした。私は素肌には結構自信があるが、目の下の皺だけ何とかしたいの……。  しかしドクターは言った。 「あなたの場合、皺が深過ぎる。ちゃんと手術を受けた方がいいです」  ガーン! 随分はっきり言われてしまった。何でも注射で脂肪をちょっと取ってもらうだけで済むという。 「一時間あれば済むことですよ。ここでは整形手術のうちにも入らない簡単なことです」  私は悩んだ。私はご存知のとおり、少しでもキレイになりたい、モテたい、ということを人生の目標に掲げている女である。けれども私の辞書の中に「整形手術」という四文字はなかったわ。  美しさというのは、あくまでも努力してコツコツやっていくもので、整形というのはちょっとずるい�横入り�という感じがする。それに整形をした人というのは、やがてみんな同じ顔になってくるではないか。いま世間では�ヅラ疑惑�というのが流行っているが、あんまり�整形疑惑�というのはいわないみたいだ。それどころか、あきらかに整形しまくっている顔でも、 「美しければそれでよし」  とする雰囲気がある。いま人気の若手女優(おしゃれにも定評があって、よく女性誌にも出てきます)は、露骨なほど整形をしていて、実物に会えばすぐわかるんだそうだ。みんなそういうことばかり、コソコソ話をしている。私ももちろん噂に加わる方だ。  アメリカで、整形はもう歯を直すようなもんだと聞いたことがある。同じアジアでも、日本と韓国とはまるっきりメンタルな部分が違う。韓国の女のコは、学生でもOLでも、それこそドンドン整形をするのである。もう整形は悪いことでも特殊なことでも何でもない。日本だけがかなりの後進国なのである。  といっても、自分はしたくない、もう他人の噂話に加わることが出来ないものなあ、というのが私の正直なところである。 「やっぱり、よそー」  とホテルに帰ってきた私。料金も高そうだしなあ……。しかしなあ、美女をめざすなら、近い将来やっぱり何かした方がいいのかしらん。美容整形に行ったために、煩悩がすっかり増えてしまった私である。目や鼻をいじるわけじゃないしさ、ちょっと皺を一本取ってもらうぐらいいいんじゃないのかしらん。だけどさ、人間っていうのは、一本が二本になり、ついでに鼻の形を、っていう強欲なもんだしなあ……。いじいじいじ。  そのハリウッド有数のドクターは日本人で、今度東京に進出するんだそうだ。 「来年病院がオープンしたら、まっ先に連絡しますよ」  と名刺をくれた。もちろん誰とは教えてくれなかったが、日本から有名人が顔を直しにこのロスにいっぱいやってくるんだそうだ。 「ほんの三日、時間をとれれば腫《は》れもすっかりひいてしまいますよ」  私は帰ってからテツオに相談した。 「ねえーどう思う。私、やっぱり抵抗あるんだけど」 「皺を一本取るぐらいならいいじゃん」  とテツオ。 「だけどまず人にやらせてから、自分がやった方がいいよ。秘書のハタケヤマなんかにやらせてみろよ」  そこへ一枚のファックスが入った。ナントカ菌を注射した女性編集者からである。腫れがひいたら眉間《みけん》の皺がピンとなったんだそうだ。  うーん、横入りしようと何しようと、医学の力はやはり大きいかも。ビバリーヒルズへ行ってから私の女の人生、変わりそうですよ。 [#改ページ]   そうよ、ワ・タ・シはゴージャスな女  今年もいよいよ後半に入ってきた。  そう、�ウーマン・オブ・ザ・イヤー�を選ぶ時期なのである。  今年の�ウーマン・オブ・ザ・イヤー�はいったい誰であろうか。松嶋菜々子ちゃんか、高橋尚子さんか、それとも「ビューティフルライフ」で超高視聴率を生み出した、北川悦吏子さんであろうか。それともマスコミを騒がせたということでは、あの叶姉妹であろうか。  だけどさ、だけど、私もちょっと頑張ったと思わない? ダイエットにまあまあ成功して、世間の女のコたちはちょっと驚いたみたいだし、私にも何かくれないかしら……と思っていたら、やってきました! 今年の「日本ジュエリーベストドレッサー賞」をいただくことになったのである。ジャーン!  そういえば二年前、その年最も輝いた女性ということで、「ダイヤモンド・パーソナリティ賞」を貰《もら》ったこともあるし、私って本当に宝石が似合う女に思われてるのね。自分で言うのも何だけど、そお、何ていうのかしら、ゴージャスなイメージがあるのね……。  ところで今年は「淑女ルック」が流行である。毛皮やアクセサリーをふんだんに使ってうんとレディっぽく見せる。お手本はジャッキーだという。  でもジャッキーって何なのよ、車を持ち上げるアレかしら、と若い読者の方は思うかもしれない。ジャッキーというのは、アメリカのケネディ大統領の奥さんをした後、オナシスと再婚した女性である。つまり、世界でいちばん権力ある男と、世界でいちばん金がある男を手にするという、そりゃあすごいことをやってのけたのだ。当然美人である。美人といっても、ちょっとファニーな顔つきをしていたが、大金持ちの娘でパリ遊学の経験もあり、センスは抜群だった。ホワイトハウスにフランスの香りを持ち込んだファーストレディと言われている。彼女が好んだ二連のパールは、エレガントの代表のように言われ、最近は通販で売られているみたいだ。  ま、そんなことはさておき、長い間続いてきたミニマリズムやカジュアル路線に、わりとみんなが飽きてきたというのは確実だ。こんなことじゃシャネルのチェーンベルトを捨てるんじゃなかった。ソニア・リキエルやシャネルの造花のアクセサリーなんか、もう二度と使うことはあるまいと、引越の時に処分した自分が本当に口惜《くや》しい。  今、こんなにゴージャスになった私にぴったりだし、流行もそうなっているのにね。  さてつい最近、インターナショナルに活躍するある女性と対談した。彼女は海外でいちばん気になるのは、 「日本の女のコの、痩《や》せてて猫背なこと」  だそうだ。 「みんな結構可愛いし、センスもいいんだけど、とにかく痩せ過ぎているうえに姿勢が悪い。だからすごくビンボーったらしいのよ。あんなんじゃ、シャネルやアルマーニの店員さんは歓迎してくれないと思うわ。自分たちの大切な服を、あんな貧相な人たちに着て欲しくないはずだもの」  それについては、私も同感である。日本の若い女のコの体というのは、最近とみに薄っぺらくなっている。あれは洋服、贅沢《ぜいたく》につくられた洋服を着こなせない。プロポーションがいい、というのと貧相というのは全く別なのであるが、よく理解出来ていないようである。 「やっぱり洋服を着こなすには、私やハヤシさんみたい(私も入れてくれて嬉《うれ》しかったワ)に、背丈があって腰がバンと張ってなきゃ。体が服に負けちゃうと思うの」  彼女は私と違い、正真正銘のゴージャスないい女である。ゴージャスさがキラキラとしたものでなく、知性に包まれてとてもいい感じ。このあいだフェンディのオール・イン・ワンのパンツスーツを着ていたがとても似合っていた。  美人は努力すればそこそこの線までいく、というのが私の論である。魅力ある女、というのはかなりの確率でなれる。が、ゴージャスな女、というのはとてもむずかしい。  ゴージャスという言葉は、豊かさが含まれていると私は思う。何も贅沢なものをいっぱい持っているかどうか、ということではない。贅沢なものが似合うかどうか、ということが問題なのである。ジーンズも似合うけれど、イブニングを着るとぴたりときまる。さりげなく着こなしてしまう。宝石を身につけても、決して借り物のように見えない。  肉体も重要だ。ふくよか、というほどではないけれど、ボリュームを感じさせる体というのは、実はとてもむずかしいものではないだろうか。メリハリがついた体で、つくべきところはついて、ウエストのあたりにはむだ肉がない。しかも肌がうんとキレイ、というのも大切な条件である。よくヨーロッパで鳥ガラのように痩せて、シミだらけの肌に宝石をじゃらじゃらつけた金持ちの女性がいるが、あれは迫力はあるものの、ゴージャスという感じではない。とにかく貧相な体に、ゴージャスは宿らないのである。  内側も外側も輝くものがあって、それがバランスよく支え合っている感じであろうか。とりあえず「ジュエリーベストドレッサー賞」は、宝石をいっぱいくれるらしいからつけてみます。似合うように頑張るからちゃんと見ててね。 [#改ページ]   ストック・ウーマン  ビロウな話で申しわけないが、このところ私を苦しめているのは、そお、美貌《びぼう》の大敵・便秘です。  昔からこれについては、そりゃあ苦労していたのであるが、このところひどい。なぜならばダイエットのために、主食をいっさい食べなくなった。芋類も極力控えている、となると便秘になるのはあたり前か。  もう薬を飲まないとダメな体になってしまった。それも土日、外に用事がない日を見はからって薬を飲む。この計算を間違えると、そりゃあ苦労することになる。  友人が話してくれたのであるが、クラブへ行くとまずトイレへ行って大きいのをするのが癖になっている女のコがいるそうだ。そんなことはとても出来ない。たいていの女のコが、外でするのはものすごい苦痛ではないだろうか。時たまバーや小さなレストランで、男女兼用の小さなトイレしかないところがある。あれは悲劇ですね。私はあんなところでするぐらいならと、タクシーを飛ばして家に帰ったことも一度や二度ではない。  ついこのあいだのこと、ニューヨークにいた五日間、お腹はうんともすんとも言わなかった。明日はロサンゼルスに向かうという日、午後だからたっぷり時間があると思い、お薬を飲んだ。ちゃんと計算して前日の昼から飲んだんだよ。しかし行きたくなったのは、なんとデルタ航空の機内である。  私は国内、国外問わずかなり飛行機を利用する方であるが、この中でしたことなんか一度もないわ。絶対に我慢しようと思ってたんだけど、もう仕方ないわとトイレへ向かったらハンサムなパーサーが意味もなくそこに立っているじゃないの。本当にすくんでしまってまわれ右をした。  あれは三年前になるだろうか、女友だちと二人、うんとお金持ちのおじさまに招待され彼の別荘へ行った。そのおじさまは私たちを海辺の別荘から東京へ帰すために、なんと自家用ヘリコプターを待機させてくれた。私は運転席の隣に座ってとてもご機嫌だったのだが、友人はお腹が冷えて途中ゴロゴロしてきた。もう地獄の一時間だったという。  自家用飛行機用の小さなエアポートに着くなり、彼女の姿が見えなくなった。どうしたのかと思ったら、必死でトイレへ走ったんだそうだ……。  街を歩いていると、突然あの感触に襲われることがある。本屋さんへ行くと急に催してくるという人は結構多い。困るのは青山、原宿といったところですね。渋谷や新宿と違い、大きなデパートがないから本当に困る。が、私はいろいろ苦労を重ねた結果、とてもいいトイレ・スポットを発見した。人がめったに来なくて、しかもウォシュレット付きというところだ。が、人に教えた結果使いづらくなると困るので、今のところは秘密にしておこうーっと。  そう、そう、これも昔話になるけれども、私が若く、売れないコピーライターをしていた頃の話である。私はよく仕事の打ち合わせをしに新宿二丁目にあるデザイン事務所に通っていた。地方の人はわからないだろうけれども、このあたりは風俗店のメッカだ。ゲイの人たちが行く店が集まっているし、ソープもいっぱいある。私が歩いているのは昼間だからどうということもないが、夜になるとネオンがついてあたりの風景が一変する。暑い夏の日、駅から歩いていた私は突然トイレへ行きたくなった。もう脂汗が出てくるぐらい。けれどもデザイン事務所まで、あと三ブロックはある。  その時私は何を考えたか。そお、トイレを借りに両脇のソープへ飛び込むことであった。 「面接に来たんですけど……」  って入っていけばいいんだわ。しかしここでもし、ひと目こっちを見て、 「今、求人してませんよ」  なんて冷たく断られたら、私の女としてのプライドはどうなる……などとバカなことを考えたらやっとおさまったけどさ……。  女は男の人より腸が短いんだろうか。こういう�下ネタ�をいっぱい持っている。それは恐怖とユーモアに満ちた楽しい話ばかりだ。なぜか人に言いたくてたまらなくなる。 「そお、私もこのあいだ電車の中でさ」 「私も実は……」  女同士ではものすごく盛り上がるのだが、男の人は聞くのも大嫌いみたいだ。ま、私みたいに、男に言いたがる女も珍しいんだけれども。  さて、この便秘について私はとにかくあらゆるものを試してきた。センナ茶に緑茶、ゴマペーストにドクダミ茶。もうじきアロエに挑戦するつもりだ。  このあいだロサンゼルスへ行った時、運転手兼コーディネイターとして、俳優のヒロシさんが案内をしてくれた。彼はいつもオーディションに精を出し、ひまな時にアルバイトをするのだ。もちろん超美形である。私は彼に頼んで、漢方薬屋で通訳をしてもらった。 「とにかく効く便秘の薬、ちょうだいって……」  彼は顔を赤らめながら「ストック」と発音した。 「ハヤシさん、あんなこと訳させて、もう女を捨ててますよ」  皆に非難された。 [#改ページ]   テレビ出演プロジェクト  仲良しのセーノさんがうちに遊びにやってきた。彼は唯一の、私と親しいテレビ局の人間である。フジTVのプロデューサーという派手な肩書きがちっとも似合わない。もっさりした福島出身のおじさんだ。だからこそ信頼出来て、こんな風に十五年以上仲よくしていられるのかもしれない。彼は私を見て大層驚いた。 「おっ、ハヤシさん、痩せたねぇ。なんかテレビの番組に出たらどう? みんなびっくりするよ」 「そお、私が出たいのはね、『SMAP×SMAP』と『おしゃれカンケイ』かしらね」 「SMAP×SMAP」はともかく、「おしゃれカンケイ」は日本テレビなのだが、いつも見ているにもかかわらず、どっちもフジTVと思っていたドジな私である。セーノの方もセーノの方で、 「わかったよ。プロデューサーに話しとくよ」  と気安く請け負った。テレビ界というのは不思議なもので、どこでどういう繋《つな》がりがあるかわからないけれども、日本テレビの「おしゃれカンケイ」から出演依頼をいただいたのである。  こんな風に人気番組にゲストで出るのは久しぶりだ。最近若い読者は、テレビでの私を知らない。 「ハヤシさんって、どんな声をしてるの? どんな喋《しやべ》り方をするのか、ぜひ知りたいです」  などという手紙をよくいただく。  出演依頼があった後、私はすぐにテツオに電話をかけた。 「よーし、やったじゃん」  とテツオは低くうなった。 「『美女入門PART2』は、ここんとこ売れゆきが止まってるんだよ。ここでテレビに出てワーッと盛り上がる。そのためにうんと痩せてキレイになってもらわないとな」 「うん、頑張るよ。収録までにあと二キロは痩せてみせるよ」 「もちろんヘアメイクはつけるんだろうな。それからスタイリングはマサエに頼んでやるからな」  それで私のプロジェクトが組まれた。ヘアメイクはよく「アンアン」の撮影などでお願いする「エスパー」のアカマツちゃん。ざんぎり頭のすごく可愛い女のコだ。『美女入門PART2』のカバー写真も彼女が担当してくれている。そしてスタイリングは、これまた気心の知れたマサエちゃんだ。マサエちゃんは私の手持ちの服を見て、このあいだニューヨークで買ったジル・サンダーの革ジャケットを誉めてくれた。 「すっごく可愛い。これにシンプルな黒のニットとスカートを組み合わせましょうよ」  靴もいっぱい借りてきてくれたのであるが、私には実は秘密兵器がある。そお、ニューヨークで買ったマノロブラニクである。私には一生縁がないと思っていた、細い細いきゃしゃな靴であるが、さすがアメリカ、ちゃんと大きいサイズがあったんですね。マサエちゃんはマノロにタイツを組み合わせようと提案。こうして私のプロジェクトは、徐々に出来上がっていったのである。  さて当日、私はエステからテレビ局へ直行する。が、テレビ局というところは本当にわかりづらい。廊下を歩いている人に、行くべき控え室を聞きたいのであるが、それではあまりにも「お上りさん」のようで恥ずかしい。知っているふりをして歩いていたら、ついに迷路にはまり込んだ。仕方なく受付まで行って尋ね、ようやく部屋を見つけることが出来た。  やがてアカマツちゃんやマサエちゃんも到着する。私がこの日のために買っておいた栗きんとんを皆でおやつに食べる。 「日テレなら柴田倫世アナを見られるかも」  と盛り上がった。 「ハヤシさん、テツオさんも後から様子を見に来るって言ってましたよ」  とマサエちゃん。 「心配でたまらないみたいですね。まるでテツオさんとハヤシさんって夫婦みたいですね」 「ホント。どうして愛情っていうもんが生まれなかったのかしらね」  などと冗談をとばしながら、私はつい最近届いたファンレターのことを思い出した。 「ハヤシさん、こんにちは。私は福岡に住んでいて、このあいだサイン会に行ってきました。そうしたら都会的センスの、ものすごくカッコいい男の人がずっと腕組みをしてこちらを睨《にら》んでいました。あの人がテツオさんではないですか。まるで『ボディガード』のケビン・コスナーのようでした。テツオさんがケビン・コスナーだとすると、ハヤシさんはホイットニー・ヒューストンですね」  そうか、私はテツオ・コスナーに守られるマリコ・ヒューストンだったのね。  テツオばかりではない。スタジオには私のことを案じてセーノさんも来てくれた。そして秋元康事務所のチバさんと、マガジンハウスのハラダさんも。それにテツオ、マサエちゃん、アカマツちゃんも加わるから、私の見学者はすごい人数となった。みんなが私の久々のテレビ出演を見守ってくれたのだ。最後に読むサイモンさんからの手紙はとても感動的で私は泣いた。  私のことを心配してくれるこんなにいい友人に囲まれ、私はなんて幸せなんでしょう。いい女になったことより(?)そのことの方がずっと価値あると思うの。嬉《うれ》しくて視聴者プレゼントにバーキンのバッグをまたまた差し出した私。このお調子者……。 [#改ページ]   いいタマしてるじゃん!  このところ、飲みに行くこともデイトもなく、わりと地味な日々が続いていた。そこへ飛び込んできたのが、一枚の招待状である。なんでもユーミンが一夜だけの豪華なコンサートを開くんだそうだ。どういう風に豪華かというと、うんとこぢんまりしたコンサートで、選ばれたファンの人しか来ない。そのうえセレブリティ、いわゆる有名人たちが百人ほど招待されている。 「ドレスコードはブラックタイで」  と招待状に書いてある。私は見たことがないが、アメリカの超大物歌手のコンサートでよくこんなのがあるそうだ。つまりカメラが客席の方へ向くと、タキシードやイブニング姿のハリウッドスターがどっさりいるということらしい。  名簿を見るとすごい、すごい。松嶋菜々子ちゃん、木村佳乃ちゃん、という売れっ子スターに加え、津川雅彦さん、草笛光子さんといった大物もいっぱいだ。知っている人はと見れば、柴門ふみさん、北川悦吏子さん、山本容子さんといった名前もあった。 「ねえ、サイモンさん、行く?」 「もちろんよ」  と電話で、着ていくものの相談をした。 「私、買ったばかりのイブニングドレス、このあいだダイヤモンド展のオープニングで着ちゃったからどうしよう。ジル・サンダーの黒いのは胸が開き過ぎかも……」 「でもさー、私たちはそんなにカメラに映されることもないんだから、いいんじゃない」  とサイモンさんは相変わらずクールである。  ところがコンサートの四日前、電話がかかってきた。 「ユーミンが、客席の方とかけ合いをやるんですけど、お遊びコーナーで、ハヤシさん、何か一曲ちらっと歌ってくれませんか」 「いいですよ」  気軽に引き受けた私。どうせお遊びのコーナーなんでしょ。 「ハヤシさんはよくカラオケで『赤いスイートピー』を歌うそうですけど、それで結構です」 「赤いスイートピー」はユーミンが作曲した、名曲中の名曲である。かなり歌い込んでいたのであるが、ちょっとブリブリが過ぎたらしく、テツオから、 「あんたの年じゃ、禁曲にする」  と言われている。が、構うことはないわよ。どうせ私はシロウトなんだからさ、うまいはずないもんね。  さて当日、私は仕事があったのでそこから歩いて東京国際フォーラムへ向かう。ジル・サンダーの黒いジャケットにオーガンジーのプリーツスカートといういでたちの私は、会場に行くまで何度も呼び止められる。 「チケット見せてください」  誰も私のことをセレブリティの招待客だと思ってくれなかったみたい。やっと会場へ入ると、赤いカーペットの上をセレブリティの方々が歩いていく。タキシード、イブニングが多くて私は青ざめる。私、なんかちょっと地味な格好ではあるまいか。  それにしても、まるでアカデミー賞授賞式のような華やかな光景だ。さすがユーミン。普通の観客の人々に混じって、それを見物していた私。  やがて会場に誘導される。今夜は三百五十人ほどの観客という、それはそれは贅沢《ぜいたく》なものなのだ。有名人は真中にいっしょくたにされる。  ひとつおいた隣の席のサイモンさんが、興奮してささやいた。 「ちょっとオ、後ろの席、石田純一と長谷川理恵よォ」  長谷川理恵さんを見るのは初めてであるが、その美しいことといったら! 肌は透きとおり、大きな黒い目がさえざえとしている。こんな若く美しい人のためだったら、奥さんと子どもはどうでもいい、とたいていの男は思うよなあ。またこうした�選択�も、男が力と魅力を持っていなくては不可能だ……と、私はしみじみ思ったのである。  ユーミンが客席に呼びかける。 「石田さん、ちょっと私の曲で弾きがたりをしてくださいよ。それで女の人を口説いているっていう噂ですよ」  そしてなぜか私も一緒に登場。ステージに上がった。それから天海祐希さんもね。長谷川さんも祐希さんも、黒いイブニングドレスをお召しだ。最近ダイエットがうまくいき、皆に誉められている私であるが、こういうメガトン級の美女の前ではすべてが空しいわ……。私はうつむいてしまった。  石田さんの弾きがたりの最中、私は悲しみ(何が悲しいんだ)と緊張とで、顔が硬くなってきたのがわかる。その間サイモンさんたちは、 「ハヤシさん、笑うのよ、スマイルよ──」  と客席から叫んでいてくれたそうだ。  そしてユーミンが言う。 「ハヤシさんも何か歌って」  何とユーミンのピアノで、私は「赤いスイートピー」を歌ったのである。  終わった後、パーティがあり、なぜかセレブリティの一人として呼ばれていたテツオ(いつもながらのくすんだジャケット姿)が、苦々しいおももちで、私に近づいてきた。 「いいタマしてるよな……。普通こういう時、歌わないもんだぜ」 「人の迷惑なんてどうだっていいの。私が一生の思い出をつくれたんだから、何か文句ある!?」  このコンサートは、二〇〇〇年十二月一日、民放BSデジタル放送で流れました。 [#改ページ]   指の�てん足�  ダイエットがちょっとうまくいき始めたら、指もすごく痩《や》せてきた。  前にもお話ししたと思うが、私は指が太いのが長い間コンプレックスになっていた。もちろん足も腹も腕も太い私であるが、女にとって指が太いというのは、とてもとてもつらいことだ。年頃になり、恋人がプレゼントしてくれる時に、そりゃあ困る。  私はこれで、いったい何個の指輪を貰《もら》いそこねたことであろう(ちょっとウソ)。それでも男の人とティファニーなり、ブルガリの前を通り過ぎる時、 「何か買ってあげるよ」  と言ってもらったことが、私だって一回や二回ある。それなのに後ずさりし、 「いいのー私、何にもいらない。そんな高いもの、貰えないもの……」  と叫ぶ私。指のぶっとい女は、どんどん遠慮がちに卑屈になっていくのよね。今の夫とめでたく婚約をかわした時も、私は指輪のサイズのことが気になって気になって、一人でデパートへ選びに出かけた。値段やもろもろは、事後報告したのである。  あれは何年前になるかしら、当時つき合っていた彼が、ファッションリングをプレゼントしてくれた。ダイヤ入りのかなり高価なやつである。 「これって、エンゲージリングよね」 「ま、ステディリングということで」  などと、いちゃついていたあの時が懐かしい……。それはともかくとして、私はその時、指のサイズをうんと誤魔化した。出来上がったものは、小指も入らないぐらいで、私はそれをこっそり直しに出かけた。かなり夜遅く、宝石店の呼びリンを押したら、向こうの人はびっくりしていたっけ。そりゃそうだろう。ハヤシマリコが突然現れ、男から貰ったリングを直しに来たのである。  その苦労したリングは今も、手元にある。サイズを直す際も見栄を張ったので、きつくてきつくて長い間しまったままであった。 「X(特にイニシャルを秘す)to M」  と刻まれたリングは、私の青春のせつない思い出である。ところが、ここのところ他の指輪がすべて、ゆるゆるになってきた。くすり指ではなく中指にしても、まだゆるい。それでこの懐かしのリングの出番となった。長い年月のせいで、アンティックっぽくなっているのもいい感じ。このところ指にはめているのは、このリングばっかりである。  ところでこの私が、「日本ジュエリーベストドレッサー賞」に選ばれたことも既にお話ししたと思う。賞品に、宝石をいろいろくれるみたいだ。 「ハヤシさん、指輪のサイズを教えてくださいって、あちらから言われてるんですけど」  秘書のハタケヤマが言う。指輪は当然のこととして、いただけるわね。しかしこのところ、指輪のサイズをきちんと計っていない私。最後に計ったサイズを覚えているけど、あれからかなり小さくなったと思う。しかしどこでどう調べていいのかわからないのでほっておいたところ、何度も催促された。 「糸を巻いて、それを計りましょうか」 「それじゃ、正確じゃないわよ」 「じゃ、ハヤシさん、どこかで買うふりをして指輪のサイズ、計ってきてくださいよ」  とハタケヤマにきつく言われ、銀座に出かけた際、ジュエリーショップをのぞくことにした。  が、買うふりだけとしても、気に入ったものはなかなかない。私は石が大きかったり、デザインが派手なおばさんっぽいものが大嫌い。そうかといって、あまりにもチープなものは、私の指に似合わないって感じ。凝っていて可愛いリングが欲しいのよね。 「なら、やっぱりカルティエじゃないかな」  一緒にいた女友だちが言い、カルティエに行くことにした。石田純一サンが恋人に贈ったというゴールドのリングは、やっぱり素敵だぞ。 「ちょっと見てもいいかしら」 「どうぞ、どうぞ」  はめてみた。やっぱり店頭に飾ってあるものはきつい。第一関節の下ぐらいしかいかないわい。じゃ、そろそろ用件を……。 「ちょっと、サイズをみてよろしいかしら」  計った。なんと四サイズも小さくなっていた。嬉しい。じゃこれで帰ることにしよう……。 「あの、このサイズでダイヤ入りのはありませんよね」  ほっ、これで立ち去るきっかけが。 「ええ、ここにはございませんが、すぐにお調べします」  今の時代、インターネットですべてわかるということを、私は知らなかった。 「このサイズでダイヤ入りは九州店にございました。明日中に取り寄せます」  こうしてもらって断れると思う? そんなわけでカルティエのダイヤ入りリングを買った私です。指が太いと本当に出費です。ああ、指の�てん足�でもすりゃよかった。 [#改ページ]   アルコール豹変女《ひようへんおんな》  忘年会の季節となった。お酒を飲む機会もさぞかし多いことであろう……などとエラそうに言うのも、最近私がダイエットのため、お酒からずっと遠ざかる生活をしているからだ。  このあいだ親しい男友だちと久しぶりに会い、イタリアンを食べた。彼らはものすごい呑《の》んべえで、四人で四本のワインを空けた。といっても、私はほとんど口をつけていないのだから、三人で四本飲んだというのが正しい。  その間、私はかなり冷ややかな目で彼らを見つめていたらしい。後から「ちょっと感じが悪い」と一人から注意を受けた。このひと言で、私はどうして自分が最近男の人からモテなくなったか(前にも増して)わかるような気がした。ちょっと前までは私もがぶがぶ飲み、皆と同じテンションで喋《しやべ》り、笑い、アホなことを口にしていたのであるが、すっかり冷めた女になってしまったらしい。  うんと若い頃、男の人にカイホウしてもらいたいばかりに、うんと飲んでうんと酔った情けない私。それでも男の人というのは、私を素通りして、別の女のところへ行ったわね。今、暮れの街を見渡しても、あの頃の私のような、無茶な飲み方をしている女のコはほとんどいない。電信柱の陰で、男の子にからんでわんわん泣いたり、大股《おおまた》広げてパンツを見せているようなコが本当に少なくなった。みんなそれだけお酒に強くなり、かつ飲むのも多くなったということなのであろう。このエッセイによく出てくる私の親戚《しんせき》のOLチエコは、皆で飲みに行くと割りカンの際、必ず男料金を取られるんだそうだ。うちに来てもすぐビールをきゅっと飲む。さまになっていて、なかなかよろしい。  ところでどろどろに酔っぱらう女は減った代わりに、かえって増えているのが「アルコール豹変甘えた女」という気がする。いつもはキリッとしたキャリアウーマンが、酔い始めると男の人の肩にしなだれかかったりする。もちろん人にもよるが、その変わり様が可愛いと、男の人から評判がよかったりするのだ。うーん、私には一生出来ない芸であろう。  次第に舌たらずになってきて、「ね、ね、聞いて」などと動作が幼な気になってくる。「そうでしょう、そうよね」と、男にやたら同意を求めたりする。  男の人にすると、こういう時、「もしかすると、やらせてもらえるかもしれない」と俄然《がぜん》嬉しくなってくるのだそうだ。それでその女は、その男とそういうことをしたいのかというと、全くその気はなかったり、あるいは本命は離れた席の別のところに座っていたりするのだから、話はますますわからなくなる。  とにかくお酒を飲まなくなってから、こういう女が目ざわりで仕方ない。向こうも飲まない私が邪魔らしく、誘われることが少なくなった。男の人たちと飲みに行った時、どのへんに座り、どういう飲み方をするかといろいろ策略をめぐらしていた頃が本当に懐かしい……。  こういう私でも、ふた月にいっぺんぐらいはハメをはずして飲むことがある。それはうんといいワインと、うんといい男が用意されている時ですね。最近知り合った男性たちと「いいワインを飲む会」を定期的に開いている。ハンサムでお金持ち、しかもワインに詳しいというグループとどうして私が知り合ったかというと、千代菊ちゃんの存在がある。以前お話ししたと思うが、元一流の売れっ子芸者で、最近までパリでフラワーアレンジメントの勉強をしていたという女のコである。私は彼女からいろんなことを教えてもらっているのであるが、お酒の飲み方もそのひとつだ。するすると、実に綺麗《きれい》にグラスを空けていくのである。  彼女の人脈は広くて、東京中の御曹子とみんなお友だちかもしれない。その中でも選りすぐりのハンサムとワインを飲む会をつくった。来年になったら、スペインにある世界一おいしいレストランに皆で行こうという計画がある。  皆についていこうと、ワインについていっぱしの顔をする私。このあいだは某料亭に集まり、すごいワインを次々と空けた。年代もののシャトー・ラトゥールやペトリュスである。 「これは渋いけど、まだまだ伸びるしなやかな渋みね。うーん、すごい生命力を含んでいるという感じ……」  と気分はそう、川島なお美嬢よ。そお、今夜の私は、いいワインを深く味わうことの出来るいい女。しかもいい男に囲まれてさ……。ああ、生きてきてよかった。ダイエットが何なのよ。そう、このような至福の前に、体重が何だっていうのよ……。  が、グラスを重ねていくうちに、私は体が妙に反応することに気づいた。前だったら、この程度の量で酔うはずはなかったのに……。そう、しばらくお酒を断っている間に、私はすごくアルコールに弱い体になってしまっていたのだ。けれどもここでストップするのは惜しい。今、グラスにマルゴーが注がれたところよ……。そして宴が終わった後、皆は二次会に行ったが、私は家に這《は》うようにして帰った。そしてトイレでゲーゲー吐いた。  あぁ、マルゴーが、ペトリュスが……。今夜の会費ン万円が……。夫が顔を出し、「夜遊びした罰だ。いい気味」と笑った。私の華麗な夜を誰かとり戻して頂戴《ちようだい》。 [#改ページ]   リバウンドの都・パリ  昨年にひき続いて、またまたパリに来てしまった私。  やっぱりパリはいいです。このあいだ行ったニューヨークもよかったけれど、パリは私にしっくりくるっていう感じかしら(エラそうだな)。ちょうどクリスマスの飾りつけが始まった時で、シャンゼリゼにイルミネーションが灯《とも》ったのよ。もう、その美しさといったら原宿のイルミネーションなんかメじゃない。夜になるとエッフェル塔が一時間おきに点滅するし、パリの街を見おろす観覧車が真夜中までまわっている。  そして私は心に決めた、いつか必ずパリに住む。このあいだもニューヨークで同じことを言っていなかったかと言われそうであるが、今夜は本気よ。  オペラ、ワイン、おいしいもの、お買い物とパリは私の大好物がすべて揃っている。もちろんいい男もだ。このあいだまでパリに住んでいて、今はニューヨークにいる友人から連絡が入った。 「せっかくパリへ行くんだったら、うんとハンサムな男にアテンドさせるから」  彼女が選んでくれたのは、日本語ペラペラのフランス人の外交官、そして日本企業の支社に勤める日本人男性である。フランス人の方は奥さんがいるのでどうということはないが、この日本人男性が久々の大ヒットである!  一緒に歩いていたら、迎えに来てくれた人が、 「あの人は俳優さんですか」  と尋ねた。そのくらいのハンサムなのだ。フランス語も英語もペラペラでマナーも完璧《かんぺき》。バツイチで独身というのも気に入った。この彼が予約してくれて三ツ星レストランへランチに入った。ここはデザートだけで六種類出る。ワインも赤白空け、店を出たのが四時半であった。食事を始めたのが一時半だったから、なんと三時間もかかったことになる。この後、八時からディナーの予約が入っている。今回はパリの文化会館で講演をするという仕事があったので、昼も夜もご馳走《ちそう》続きなのだ。  こうなれば毒を喰《く》らわば皿までの心境で、朝ごはんもしっかりいただきます。私が泊まっていたのはフォーシーズンズホテル。いまパリでいちばん高級でおしゃれといわれているところだ。クリスマスツリーが飾ってある中庭を見ながら、食堂でいただく朝ごはんのおいしいこと。私はカップになみなみとつがれたカフェオレを飲み、カゴいっぱいのパンを頬張る。クロワッサンに、ショコラのパン、バゲットを切ったのもおいしい。またこれにつけるバターとジャムが最高なんだ。  三日めに私は真青になる。なんと指輪が入らなくなってしまったのである。日本に帰ったら仕事が目白押しだ。めっきり美しくなったと評判の私のところには、雑誌のグラビア取材が殺到している。そう、サイン会にテレビ出演もある。それなのに元のようなデブになったら、みなに合わせる顔がない。私は久しぶりに深い自己嫌悪に陥ってしまった。が、パリは自己嫌悪が似合わないところである。  あのハンサムな男性ともう一度会う約束を取りつけ、私はさっそくお買い物に出かける。まっ先に駆けつけたところは、もちろんエルメスだ。ご覧になった方もいるかもしれないが、このあいだ「おしゃれカンケイ」に出た私。その際、視聴者プレゼントということで、手持ちのバッグの中からバーキンを一個提供してしまった。もっと記憶力のいい人は、今年の春に「アンアン」のチャリティバザールにおいてバーキンを差し出した、けなげな私を思い出してくれるかしら。  日本に太っ腹な人は多いかもしれないが、バーキンを二個、しかもタダで、他人にあげる人は私くらいであろう。さっそく補給しに行ったのであるが、 「現在、バーキンはいっさい受けつけておりません」  とショッキングなお言葉。本店でこうなんだ。が、十五年来買っている私は特別ということで、何とか一個受けつけてもらった。こうなったら、もう死んでも人にはやらない。 「ハヤシさん、エルメスもいいけれど、もっと面白いところへ行きましょう」  ということで、パリの友人が連れていってくれたのは、下町にあるリサイクルショップである。シャネルやエルメス、ジル・サンダーといったブランド品がズラリである。私は古着があまり好きではないのだが、一緒に行った若いコは、大喜びで古着探しに熱中した。彼女はヴァレンティノの新品のパンツに、ノーブランドのラメのニット、プラダの昨年のジャケットを手に入れたが、みんなで二万円足らずだ。  私もついつられて、六〇年代風のラクロアのニットを買った。それからバッグもね。モラビトのクロコダイルで、緑色のとても可愛いものが三万円。ここでは時々、ケリーの新品も手に入るそうだ。  買い物の後のランチは、カキとエビ、白ワイン、シャンパン、イワシを焼いてもらって、デザートは信じられないくらいおいしいリンゴのタルト。私はいらないって言ったのに、 「ハヤシさん、このタルトは絶対に食べなきゃいけません」  と叱られた。そして指輪は抜けないどころかはまらなくなった。パリに住むのは考えもんだと、私は何だかこわくなったのである。 [#改ページ]   妄想の都・パリ  パリとくればやはりお買い物であるが、今回はとても不調であった。時間がないこともあるが、今の季節、とても商品が少ないのだ。  ジル・サンダーのお店へ行ったら、店員の人が気の毒そうに、 「あと十日したら、新作がいっぱい入ってくるんですけどね」  と言う。パリの友人は、これまた、 「あと半月したら、バーゲンが始まるんだけどねえ」  と残念がる。彼女が言うには、一流ブランドでも信じられないぐらい値引きするんだそうだ。 「最終日にエルメスに行ってごらんなさいよ。ウソーッていう値段になるのよ。このあいだなんかクロコのケリーが二十八万円だったんだもの」 「ええ!? ウソーッ!!」  はしたない声をあげる私。 「本当だってば。私にはとても買えない値段だけど、このまま見逃すのは口惜《くや》しくてね、すぐに目の前の電話から国際電話をかけたのよ」  なんでもバーゲンの最中、エルメスの店の前には公衆電話が何台か置かれるそうだ。 「それで東京の友だちに、クロコのケリーいらない? って聞いたんだけど、クロコはちっとねえ……なんて言われて、また別のお金持ちからは、このあいだ別のクロコ買ったばっかりだって断られたの。お節介の私としては本当につらかったわ……」  聞いている私も、つらい。だけどやっぱり、クロコのケリーって私にはまだおそれ多いっていう感じかな。  同行してくれた女性編集者は、今度はエルメスのバーゲンで旅行バッグが出たらぜひ教えてくれと頼んでいた。 「だけど、お買い物はやっぱりミラノですよね」  彼女は言う。実はこの六月も、スカラ座取材ということで彼女と一緒にミラノを訪れているのだ。あの時、私は爆発した。ダイエットがうまくいき、ツーサイズ小さくなったこともあるのだが、シャネルのお店へ行きイブニングドレスを買った。あの恍惚《こうこつ》感っていうのは何て言ったらいいのかしらん、やっぱりイブニングを買うっていうのは、普通のお洋服を買うのと興奮度が違うのである。  その勢いでヴァレンティノへ行き、やはりイブニングドレスを買い、ワンピースも買ったわ。あの時のエネルギーと、ものくるおしいまでの昂《たか》まりがパリでは出ないのはどうしてかしら。  女性編集者は言う。 「ミラノの方がずっと安くて、品揃えも可愛かった」  それは私も同感である。パリはシャネルにしてもヴァレンティノにしても、なんとなく年齢が上で、マダムっぽいものが多いのだ。それともうひとつ、パリの女性たちに対して、とてもかなわないという感情が、私の買い物欲をにぶらせているのかもしれない。  何回もパリに来ていれば、美人とそうでない人、おしゃれな人とそうでない人との二通りいることがわかる。だけど総じてパリジェンヌは素敵だ。カフェでレストランでつぶさに観察した結果、私は次のようなことがわかってきた。  フランスの女性は小柄である。アメリカ人のような大女はまずいない。しかし体のバランスがよくてお尻《しり》がキュッと上がっている。足が長い。したがって洋服がとてもよく似合っている。  またこれはよく言われることであるが、パリの女性はものすごくセンスがよい。今だとみんな黒っぽいコートにパンツをはき、ブーツを組み合わせている。流行ということもあり、ヒールのブーツが多いようだ。この時、さし色のマフラーやバッグをしているのであるが、これがハッとするような赤だったりえんじ色だったりする。その色と長さが絶妙なのだ。それに髪がプラチナやゴールドだったりするから、もうかないません。私らが茶髪に染めているのがとても空しい……。  ところで前にお話ししたと思うが、久々の大ヒット、パリ在住のA氏である。私はぼんやりと妄想の世界へ入っていく。仕方ないわ、ここはパリだもん。 「あの人、ひと目で年上の美しい人妻(私のこと)と恋におちるの。そして二人は、時々パリでしのび逢《あ》いをするのよ……。つらいせつない恋が始まるのよね……」 「でもB子さん(彼を紹介してくれた人)は、私にっていうことだったんですよ。昨年パリで会った時、私が、独身でいい人いませんかって聞いたら、すごいハンサムを紹介するって……。だから優先権は私にあります」 「何言ってんのよ。独身なんてことは何の関係もないわよ。パリはフリンが自由の国よ」  でも、もしかしたらと、私は不安になる。 「あの人、ホモってことはないかしらねえ……」 「すぐに離婚して、パリに住んでるならあり得ますよね」  心配で、あれこれ相談する私たち。  次の日、車でサントノーレまで送ってくれるA氏。パリのリセに通っている姪《めい》ごさんの話を楽しそうにする。 「随分可愛がってらっしゃるのね」 「ええ、クリスマスの時、長くつき合っている彼女より高価なプレゼントをして、彼女によく怒られます」  フランス人だって。とてもあの人たちにはかないません。譲りましょう、と私は小さくつぶやいたのである。 [#改ページ]   フランス人になるの  パリの楽しさを、まだひきずって生きている私です。  ああ、パリはよかったわ。葉が落ちたマロニエの並木道、古びたカフェ、マロングラッセのお店の、栗を使ったディスプレイの美しさが忘れられないの……。  そんな私の思いが伝わったのであろうか、たて続けに素敵なニュースが入った。私が二〇〇一年度のフランス親善大使に選ばれたのである。  それから�食べ物をこよなく愛する人�ということで、フランス食品振興会から表彰されることになっている。親善大使のごほうびとしては、パリご招待があるんだと。  おー、トレビアン! メルシー!  やはり私とフランスとは、運命的に結ばれていたのね。なんていうのかしら、自分じゃ言いづらいけど、フランス、パリっていうと多くの人が私のことを連想したのね。くっくっ……。  こうなったら、やはりフランス語を勉強しなくてはいけないと決意した。これから行われるいろいろなレセプションに、フランス語で挨拶《あいさつ》しなくっちゃね。実はこの私、大学で第二外国語はフランス語であった。当時はサガンを原書で読めたというのに、今|憶《おぼ》えているフランス語は、五つくらいであろうか。  この頃英語を喋《しやべ》る人は多いが、フランス語を喋る人は少ない。なんだかフランス語の方が、おりこうそうに思える。私の低いささやくような声にも合っているみたい。よし、もう英語は諦《あきら》めて、これからはフランス語に挑戦しようと決意した私である。さっそくフランス語教材を買いに出かける。  たいてい途中でやめるのであるが、何かを習うためにお買い物をするというのは、私の大きな楽しみだ。前にもお話ししたと思うが、英語のテープやビデオはそれこそ山のように持っている。  が、今度の私は違うわよ。英語みたいに皆が喋れるものはどうでもいいの。フランス語を喋る女になるの。が、書店に出かけたところ、あるのは英語ばかりで、フランス語は取り寄せになるという。もちろん私は、大枚はたいて注文した。おそらく一巻だけで終わるであろうが、やらないよりマシ、というのが私の考え方である。  ところでパリのカフェで、私は一緒に出かけた人とこんな会話をした。 「私はね、今度生まれるならフランス人がいいな。英語もOKのフランス人よ。そうしたら世界中、たいていのところは言葉が大丈夫よね」 「私も生まれ変わるとしたら、アメリカ人よりフランス人がいいですね、文化がありますから」  アメリカからの帰国子女で、英語ぺらぺらの彼女も頷《うなず》く。が、贅沢《ぜいたく》を言わせてもらうと、私は生粋のフランス人もいいが、ハーフというのにも憧《あこが》れる。宮沢りえちゃんとか桐島かれんさんなど、ハーフというのはまた独得の美しさである。完璧に目鼻立ちが整って肌が白い。完全なフランス人よりも、日本人受けしそうだ。  あーあーあ、生まれ変わることが出来たらなとため息をついていたら、耳よりの話を聞いた。コンタクトをすればいいと言うのだ。今までも水色や茶色が流行《はや》っているけれども、この頃は黒もよく売れている。このコンタクトをすれば、黒目がぱっちりと大きく見えるという。  実はこの私、フランス人かハーフに生まれ変わりたいと思っているが、黒木瞳さんにも生まれ変わりたいと願っている。あのテの顔が羨《うらや》ましくて仕方ない。小づくりで大きな瞳。  長年美女を研究した私によると、美人を決定づけるのは、輪郭や目の大きさではなく、実は黒目の大きさなのである。田中裕子さんを見よ。彼女の目は小さい方であるが、真っ黒でスイカの種みたいだ。だからあんな風に色っぽいのである。  かねがね私は、目の大きさに比べて黒目が小さいのが悲しかった。黒目と目の底辺との間に隙間があっても武田久美子さんのようなセクシーな美女はいるが、私の場合は目が垂れているためトロそうに見えるだけ(イラスト参照)。  が、このコンタクトレンズをつければ、いっきに悩みは解消ではないか。私は生まれてこのかたずっと憧れていた、ぬれぬれとした黒目がちの女になれるのである。私は最近撮った写真を取り出し、黒目のところを大きく塗りつぶした。全くの別人になった。品がよくて、可愛らしい感じ。が、この変化が怖い。コンタクトを取ったら、顔がこれだけ変わってしまうっていうのもちょっとなあ……。  ところでまたまた話が変わるが、テレビの「おしゃれカンケイ」は大反響であった。 「ハヤシさん、すっかり別人になって驚きました」  という手紙が、たくさんアンアン編集部に届けられた。が、私はもう皆さんの前に、恥ずかしくて顔向け出来ない。パリで身についたワインを飲む癖がなかなか抜けず、あれからまた二キロ近く太ってしまったのである。  私はなんて根性のない女であろうか。またすぐに元の自分に戻るのである。せめて内面だけでもフランス人に変わりましょう。  そお、テープが届いたら頑張る。それでは皆さん、オーヴォワ、アビアント(さようなら、また後で)。 [#改ページ]   下心が消えるとき  かねてより憧れている男性と、デイトの約束を取りつけた私である。  かなり積極的な行動に出たのがよかった。 「○○日に一緒のパーティに出ることになっているけれども、その後デイトしてください」  向こうからファックスでお返事が来た。 「楽しみにしています。どこか二人で行きましょう」  だって。  デイトの期日が決まると、あれこれ計画を練る私である。こういうところが、男の人にモテない原因だとわかっているのであるが、私はデイトの前にあれこれ考え過ぎる。あの店で食事して、その後バーに行って、そしたら向こうの出方次第で、遠まわりだけど暗い道を歩いて……などとあれこれ画策するのですね。  こんなこと言っちゃナンだけど、男の人でも私ぐらい食べ物の店を知っている人はまずいないと思う。だからつい仕切ってしまう。仕切りついでに、お勘定も払ってしまう。こういうことをすると、絶対に恋愛感情は生まれない。  デイトというのは、男の人にすべてをまかせ、ついでにやがて身をまかせるというのが正しい道ですね。  ともあれ、私はデイトのためにあれこれ頑張った。メイクもお洋服も選び抜いて、靴もニューヨークで買ったマノロブラニク。きゃしゃなつくりで、ヒールや爪先が本当に細い。男の人が、むらむらするという勝負靴である。  そして私が考えたのは、今日、お酒を飲もうかどうしようかということだ。ご存知のとおり、この半月というもの、私はダイエットのためにずうっとお酒を飲んでいない。レストランに行っても、ちょっぴりワインをなめるぐらいだ。このあいだは調子づいてワインを飲んだら、ゲーゲー吐くぐらい弱くなっている。どうやらダイエットのおかげで体がスポンジ状態となり、いろんなものを吸いとっていくみたいだ。  私は今日も、いつものようにお酒を飲むのをよそうと思った。が、今夜は待ちに待ったデイトなのである。男と女とのことは、滑り出しがうまくなくてはならない。そのためにアルコールは大きな力となってくれる。あのふんわりとした甘くやさしい気分、「もうどうなってもいいの」という刹那《せつな》的な心地よさ……。そお、やっぱりアルコール抜きで、男と女のことは始まらないのよね。  ついこのあいだ、男友だち三人とイタリアンを食べたが、 「言い方がきつくなった」 「すごく冷たい視線で、こちらを見た」  と、私の評判がすごくよくなかった。そりゃ、そうだ。自分は一滴も飲まずに、呑《の》んべえ三人を見ていたのだから、つい厳しい表情と声になってしまう。お酒を飲んでいる人は、飲まない人が近くにいるととても嫌な気持ちになるらしい。その場のテンションが、全く違ってくるからであろう。  まあ、あの三人なんかジャスト・フレンドで何の発展も感情もない。彼らに嫌われてもどうということはないけれど、今度のデイトの相手には好かれたいわ。そして私はこう思った。 「やっぱり下心がある時はちゃんと飲もう」  そーよ、そーよ。このままの人生だったらあまりにも淋《さび》しいものね。ちょっと魔がさすといおうか、モノのはずみということをしてみたいわ。やっぱり気がある人とデイトすることになったら、そのくらいは覚悟(期待)しておかなきゃね。  さてパーティの後、私とその人とは、それはそれはしゃれたバーに入った。入った時は私たち以外誰もおらず貸切り状態だ。  いらっしゃいませと、バーテンダーがやってきた。手にした皿には、クリームチーズや果物がほんのちょっぴり、オードブルとしてのっている。 「おかず[#「おかず」に傍点]はいらないよ」  その人は手を振った。 「今、飯を喰ってきたばかりだからさ」 「かしこまりました」  すぐに皿が引っ込められた。 「お飲み物はどういたしますか」 「オールドパー、オールドパーにしてよ」  ちなみにここはウイスキーの種類の多さで有名なところで、イギリスはもちろん、スコットランドのものもたいてい揃う。オールドパーの注文なんて、めったにないんじゃないかな。  そしてその方は、 「6Pチーズ置いてないかな」  と尋ねた。6Pチーズは私も大好物だけど、こういうところで頼むこともないのにね……。ちょっぴり恥ずかしくなった私は、モルトウイスキーをロックで二杯飲んだ。もう、下心というより、自暴自棄に近いかしら。 「オレさ、こういう気取ったところ、苦手なんだ。それよりオレのよく知っているところでカラオケしようよ」  ということになり、二人で小料理屋さんへ行った。遅くまで飲み、マイクを握り続けていた私。下心はすっかり失くなったけど、やっぱり飲まずにはいられなかった。  今回はばっちり仕切ってもらったがなんかヘンだ。相手に全く下心がないという、典型的なコースであった。 [#改ページ]   ジッパー全開!  最近私が困惑しているのは、すごい努力家と思われることですね。  私はもちろん努力というのは大切なことだと考えているし、いろんなところで「努力しなくっちゃ」と言っている。けれどもこれは、もともと自分が、どうしようもないくらい怠け者で、だらけた人間だということを知っているからである。  ダイエットにしてもそう。おととい、昨日と、一泊で温泉へ行った。夜は大勢で宴会となったのであるが、それがとても楽しく、ついついビールを飲み、日本酒、ワインとコップを重ねていった。  ダイエットの強敵としてお酒があげられるのは、それ自体が太ることもあるが、神経が弛緩《しかん》していくということも大きい。つまり、判断力、およびに自制力がゼロになっていくのだ。  お料理をガツガツ食べ、それだけでやめておけばよかったものを、出てきたお鮨《すし》もたいらげた。そのお鮨ときたら、こんな山の中でどうして? と言いたいくらいおいしかったのだ。トロなんて新鮮ですごくいいものを使っていた。私は自分の分をあっという間にたいらげ、別の人の席へもふらふら歩いていった。男の人が多かったので、みんなお酒ばかり飲んでいて、お鮨には手をつけていない。  私の物色している目つきがすごかったらしく、 「ハヤシさん、これ、持っていっていいよ」  と、誰かがお鮨のお皿を差し出してくれた。それを持って、かねてより○印をつけている男性の隣へ行く。この人がさらに赤ワインの栓を抜いてくれて、二人で一本飲む、もちろんお鮨も食べる。そして最後の締めくくりにおソバが運ばれたが、これもいただく。  そのうち誰かが持ってきたケーキが切られ、私にも大きいひと切れがきた。これも四口ぐらいで食べる。さらに、ピーナッツの皿を手から離さず、夜食のおにぎりも食べた。  次の日、この男性が私に問うた。 「ハヤシさん、もうダイエットやめちゃったんだね」 「そんなことはないよ。どうして?」 「だって、昨日の食べっぷり、尋常じゃなかったもの……」  彼は恐ろしいものを思い出すように言った。  ま、明日になったら心を入れ替えようと思いつつ、はや五日間が過ぎようとしている。人間の体というのは、これほど急激に太るものであろうか。帰りの新幹線の中で、私はグループの男の人から三回注意された。 「ハヤシさん、ジッパーが開いているよ」  お腹が膨張したせいで、すぐにジッパーが下がってしまうようになったのである。  だが、私はまだ安心しているところがあるの。ふつうだったらこのまま、リバウンドへの道を駆け抜けていくところであるが、ダイエットの先生との契約はまだ残っているのだ。おそらくあさっての約束の日、ヘルスメーターに出る私の体重はピンとはね上がっていることであろう。  そして先生に叱られる。励まされる。もう一度イチからやり直そうと思う。私の「努力」って、所詮《しよせん》こんなものなのですね。 「そもそもあんたってマゾだから、怒ってくれる人がいないと駄目なんだよね」  とテツオ。そうかもしれない。  〆切りと編集者がいるから、書くという仕事も続けているような気もするし、口うるさい夫がいるから、なんとか普通の日常生活もおくれるのかも。  うちの夫は、私ぐらいグズでだらしない人間は見たことがないという。自分もだらしないが、私はそういう普通のレベルじゃないんだそうだ。 「旅行に行けば、ボストンバッグを居間に二週間置きっぱなし。引き出しは開けっぱなし。僕はこのあいだ、君のジャケットをかけてやろうと思って、君のクローゼットを開けてたまげたよ」  私は長いこと、広いクローゼットさえつくれば、洋服をきちんと整理出来ると信じていた。ところがとんでもない。三畳ぐらいのウォークインクローゼットは、床が見えない。タンスが閉まらず、セーター類は散らばっている。回転式のラックは、どこかでひっかかったまんまだ。  私は独身時代の部屋を思い出す。原宿に住む前、東麻布の1LDKに暮らしていた。あそこは日本一汚い部屋だったかもしれない。お弁当のカラやミカンの皮、新聞紙などが層をなしていたのだ。今、若い女性の部屋の汚さが話題になり、「片づけられない症候群」と名づけられているが、私は先駆者だったのね。  あの汚い汚い部屋で、いつも寝っころがって本を読んでいるかテレビを見ていた私。ごはんを食べに行くのがめんどうだったので、いつもお鮨の出前をとった。一人前だと持ってきてくれないので、二人前とっていつも食べてたわ。当然デブになる。デブのくせに、ゆったりとしているという理由で、ワイズを着てたけどちっとも似合わない……。  そうよね、あの頃に比べたら、どんだけマシになったかしら。私がちょっと頑張ったのは、叱ってくれる人を大人になっても確保しといたことかしらん。誉めてくれる人と叱ってくれる人、このバランスがとれてなきゃ、女は動きません。 [#改ページ]   風邪にご用心  皆さん、お元気ですか。私はすっごい風邪をひいてしまいました。  先日、某パーティに出席した私。イブニング姿の私を、ワイドショーでちらりと見てくれたかしらん。最初はショールを羽織っていたのだけれど、少しでも若く見せようと、女優さんのように肩をむき出しにしたのがいけなかったのですね。その後、四時間にわたるディナーがあり、料理もワインもおいしく、文字どおり暴飲暴食してしまった私。風邪で胃が弱っているところを直撃され、私はもうヘロヘロになってしまった。  次の日から胸がむかついて、吐き気がする。電車はやめてタクシーで帰ろうとしても、途中で何かあったらどうしようかと気が気ではない。お店でビニール袋を二枚|貰《もら》い、重ねてその時の態勢に備えた。  なんとか失態を演じずにうちに帰ってきたのだが、胸がむかついて眠れそうもない。世の中には、ゲロするのに慣れている人がいるが、私はそうじゃない。あれは、私の人生において数えるほどしか起こってないのだ。重大事であるし、すごくみっともないことだという思いが私の中にある。したがって、まるで慣れていない。吐けばずっと楽になるのだとわかっていても、どうしていいのかわからないのだ。  トイレの便器にしゃがみ、人さし指を奥につっ込んでみた。ゲー、苦しい。でも、頑張る。その後の気持ちよかったこと……。心も体もぐっと爽快《そうかい》になった。  私は摂食障害になった人の気持ちが、少しだけわかるような気がした。太る、という強迫感から、食べたものをすぐトイレで吐く習性を持つ女のコは、この頃すごく増えている。死に至るくらい怖ろしいものなのだけれども、これが癖になった女のコは、 「吐くと気持ちがすっきりして、生まれ変わったような自分になる」  と語っている。吐くなんて、気持ち悪いだけじゃないかと、私は長いこと思っていたのであるが、今回すっきりしたら、ちょっぴり理解出来るような気がした。食べる、ということを罪悪だと考えたら、吐くというのは、帳消しになる行為だ。自分の体がまたクリアになるような気もするだろう。けれどもこれは、とってもいけないことなんだよ。  風邪で食欲をすっかり失くした私は、吐いたせいもあって、一日で一キロも減ってしまった。いつもなら、ラッキーと小躍りするところが、そんなことはいっていられない。一応主婦としてやるべきことはあるし、仕事は山のようにたまっている。この三日間で対談は二つ、講演がひとつ入っている。力の出るものを食べなきゃーと思ったけれども、体の弱っている時に、肉と魚を食べたいとはまるっきり思わない。願うのは、ただ、おかゆや、ぶどうパン、うどんといったでんぷん質ばっか。人間の体って、すごいもんだとつくづく感心した。日本人として生まれ育った私の舌は、もうすり込みがされていて、やはり原点はでんぷん質なのである。体が弱った時は、おかゆさんなのである。  私はダイエットの九品目食事を一時中断して、朝はホットケーキ、昼間は町の食堂でさぬきうどんを食べた。半分も食べられなかったけれども、少し体力がついた感じよ。ダイエットも美容も、健康あってのことだと、心から思った私でした。食べることはそれくらい大切なことなんだ。  さて、そんなわけで、私の減量作戦はいきつ戻りつ、実は昨年の八月からほとんど体重が変わっていないんですね。私の先生は、 「みんながハヤシさんを見て、痩《や》せた、痩せた、って言ってるみたいだけどすごく甘い! ハヤシさんの今の体重が、これからダイエットしようって言ってる人の体重なんです」  と強い調子で言う。何度でも言うようだけど、日暮れて道遠し……。いけどもいけども変わらぬ体重よね……。  とはいうものの、以前に比べたらずっとマシになった私にとって、今年のバーゲンはすごく楽しいものであった。今までサイズという鎖が、私をしてひとつのブランドに縛りつけていたけれども、もう何だってOK(といってもさ、限界はあるけど)なのよ。  今までうちで着るセーターも、ブランド物ばっかりだったけど、バーゲンで探せば、一万円以下ですっごく可愛いものがいっぱいあるじゃないの。パンツだって、何も高いのをはくことはないのよ。安くてしゃれたもんが巷《ちまた》にはこんなにあるのよねえ……。この私の心境を言えば、今まで私を抑えつけていたものを取りはらって、広場ではねまわる犬の心境かしら。いろんなところで、いろんなものを買いました。  あるところでは、 「サイズ38でまるっきりお直しなしで着られるなんて、いいですね」  とお世辞を言われたわ。そう、背丈がある私は、外国ブランドでも、裾や袖《そで》をちょん切らないで着られるんだからね。ふっふっ。  あさっては、「ジュエリーベストドレッサー賞」授賞式のために、黒いイブニングドレスを着る私。芸能人と違って、私は服の貸し出しがない。すべて自前である。私はこのために、どのくらいお金を遣ったことであろうか。が、もうサイズもOKだとしたら、いっちょお貸し出ししてもらうか。  ここんとこ体力が落ちたようで、将来が心配。これからは、すこし貯蓄のことも考えなきゃね。 [#改ページ]   ハグレ者の人生  この前お話ししたと思うが、今年の「ジュエリーベストドレッサー賞」をいただくことになった。  ま、自分の口からは言いづらいけど、大人のいい女っていうことで、最近いろんなところからお声がかかる私。賞をいただくのは、今月になってから二回めよ。このあいだはフランス食品振興会から、フランスの食文化に貢献した、っていうことで�シュバリエ�の称号をもらって、この時もイブニングドレスで出席。そして今日のジュエリーベストドレッサー賞もイブニングで出席よ、といっても、私の持っているものは限りがある。このジル・サンダーのイブニングは、昨年ニューヨークで買ったものだ。一回着て雑誌に出てるけどいいかしらん。構わないわよね。誰か私のことを見るわけでもなし。  他に受賞者が何人もいるが、おそらく目玉は、スポーツ部門で受賞するマラソンの高橋尚子さんであろう。それか人気絶頂の本上まなみちゃんかナ。  当日、私はひとりで着替えを持ち、タクシーに乗って会場に向かった。そして控え室の札を見た。とにかく私は忙しくて、当日の今日まで他の受賞者のことをほとんど知らなかったのであるが、デヴィ夫人とか中村江里子さんといった�濃い�、話題の方々も混じっていたのね。  裾をひきずるドレスを着て、胸をあらわにしたデヴィ夫人は、すごい迫力であった。あでやかなすっごい色気。オジさんたちの人気はバツグンで、ディナーの最中も五十代、六十代の関係者が群がっていた。  意外におとなしかったのが中村江里子さんで、黒いパンツスーツである。が、スタイルのいいことといったら唖然《あぜん》としてしまう。セレモニーの最中、私は後ろに座っていたのでよく見えるのだが、お尻《しり》がものすごい高い位置にあるのだ。私は彼女に一回だけ会ったことがあるが、その時はまだアナウンサーであった。今は洗練度といい、美しさといい、オーラといい、すっかり芸能人である。結婚が延びたとか何とかで、ワイドショーのレポーターたちに囲まれていた。  そして十代の受賞者は深田恭子ちゃんだ。私は深キョンと同じテーブルに座った。こちらは何ていおうか、神さまが特別にこさえた超美少女という感じ。睫毛《まつげ》が信じられないぐらい長く、真白い陶器のような肌に影を落としていた。ブルーのドレスも可愛い。  こういう美女たちに囲まれ、座ったり立ったりする私は、なんて不利なんでしょう。付き人とかマネージャーとか、スタイリストもいない。ヘアメイクしてくれた人も、仕事が終わったら帰ってしまった。だから私はひとりで、チェックをしてくれる人もいないのよ。着替えもバッグも、ひとりで持たなきゃいけないのよ。ちらっとトイレで見たら、くたびれきった顔をしていたわ。  それなのにひとりひとり記者会見があって、テレビカメラは、足元からてっぺんまでなめるように映すのよ〜。ペディキュアとか、手を抜いているところを撮られたらどうしよう……。もう、芸能人に混じって、私のようなシロウトがこういうところに出るのは、本当によした方がいいのね。  が、せっかくだから他の有名人のところへ行って、記念写真を撮ってもらいましょう。デヴィ夫人のところへ行ったら、オジさんたちが二重にも三重にも囲んでいて、とても近づけなかった。隙を見て、高橋尚子さんのところへ行ってツーショットを頼む。Qちゃんは今日もおしゃれをしてきて、すごく可愛い。この方も芸能人じゃないわけだが、なにしろ�時の人�であるから、全身キラキラしているぞ。  次の日、ワイドショーを見てたら、たいてい高橋尚子さんか中村江里子さんが出ていて私はホッとする。が、日を追うごとに私がやたら出るようになった。どういうブランドのドレスを着ているのか、バッグはどこのかを結構詳しくやっている。  が、やっぱり私だけ�ハグレ者�という感じ。他の方たちは、立ち方も笑顔もさまになっているけれど、私は何もかもぎこちない。すごく緊張しているのが、画面から伝わってくる。  うちの夫もテレビを見ていて、 「バッカじゃねえのか。君だけ完全に浮いてるじゃん」  なんて言う。仕方ないの、だって私、シロウトなんだもん、なんていう言いわけは通用しないもんね。こういう場合、みんなひとくくりにされて「芸能人のファッション拝見」ということになってしまうんだもんね。  ところでこのジュエリーベストドレッサー賞の賞品として、私は宝石を何点かいただいた。ブローチ、指輪、ネックレスの類だ。今年はアクセサリーが流行《はや》っていて本当によかった。買ったばかりのスーツに、アンティック風のブローチをつけた。  決めた、次の目標は何にもつかない「ベストドレッサー賞」だ。毎年暮れになると発表される、有名人男性を対象にした有名なやつだ。あの中にただ一人、女性枠があるんですね。あれをぜひいただきたい。私なんか「アンアン」の撮影以外ほとんどスタイリストがつかない。タイアップなんか皆無。すべて自前である。こんだけお金と手間をかけてるんだから、ぜひ評価してほしいと真剣に願う私である。 [#改ページ]     つかの間の美女気分 [#改ページ]   寄せては返す美女の波 「キレイっていうのは貯金と同じですよね」 「大助花子」の花子そっくりの魔性の女、ナカセさんが言った。 「貯金ゼロの人は、貯める楽しみなんかまるっきりないけど、ハヤシさんは今、貯金がどんどん貯まっていく段階でしょう。みんなにもキレイ、キレイって誉められ始めて、すごく嬉《うれ》しいと思うの。もっともっと頑張らなきゃいけないと思ってるはず」  彼女はものすごく頭がいいので、鋭いことを言う。 「私、この頃つくづく思うんですけどね、キレイな人って、もう土台が出来てるんで、細かいとこにも手間がかけられるんですよ。足のカカトとか、爪とかにもうんと時間とお金をかけられるんで、ますますキレイになっていくのはあたり前ですよね」  なるほどねぇ。私も美人と呼ばれる人を見て、どうして爪の先までこんなにキレイなんだろう、神さまっていうのはエコヒイキ的に、どうしてこんなに差をつけるんだろう、ってつくづく恨んだものである。確かにナカセさんの言うとおり、美人は元がいいもんでディティールに凝ろうとするようだ。ネイルにうーんとお金を遣う女って、たいていが美人でモテる人だものね。  さて、このところ私は、いろんなパーティに着物姿で出席し、つかの間の�美女気分�を味わっている。着物を着ると、すごく底上げされるので、みんながやたら誉めてくれるのだ。うーん、なんかすごくいい気分。なんか人々のこの視線が、この賞賛が、私を変えてくれるんじゃないかしらん……。  美人になったついでに、バーゲンへ行こーっと。なぜか今までは来なかったエルメスのバーゲンの通知が、私のところに舞い込んだのである。お得意さんとか、プレスの人だけを呼んだ特別のバーゲンだそうだ。私はこのあいだ、パリに住んでいる人に頼み、本店でのバーゲンで旅行バッグetcを買ったばかりであるが、こちらの方にも顔を出すことにいたしましょう。  バーゲン出席のハガキに○印をつけて出したら、エルメスの人から電話がかかってきた。 「ハヤシさんが昨年お求めになったスウェードのスカートをご用意しておきますので、当日お受け取りください」  思い出した。あれは十月の「アンアン」の撮影であった。スタイリストの人が用意してくれた、サイズ38のエルメスのスカート。以前の私だったら、太ももも入れられない感じであったが、フィッティングルームではいたら、スルリといくじゃないの! あまりの嬉しさに私は叫んだ。 「これ、買い取りします!」  ところがさすがエルメス、三十四万円という値札がついていて私は真青になる。どうしようかと迷い始めたらスタイリストの人が言った。 「ハヤシさん、これはシーズン前のサンプル品なので、多分すぐには手に入らないと思いますよ」  サンプル品というのは、名前どおり見本のことで、このスカートはこの後もいろんな撮影に貸し出されるわけだ。しかし私と同じサイズのモデルなんて、この世に存在するんだろうか。 「たぶん来年の春頃、お役目を終えて売り出されるんじゃないでしょうか。その頃はすごく安くなっていますよ」 �その頃�がついにやってきたのである。私の方はすっかり忘れていたけれども、あのスカートと再会することになったわけ。値段もバーゲン品なみのお安さになっていた。  当日仕事が早く終わり、私は六本木の「アマンド」へ入った。関係者のみのバーゲンだというのに、時間ぴったりに行くのはあまりにもハズカシイ。  バーゲンが始まる四時を十分過ぎてから、私は立ち上がった。二軒先のビルに進む。ここの上でバーゲンはあるのだ。会場に入ると、既にぽつぽつと人が集まっていた。品数はそんなに多くない。コート、スカートといった同じアイテムがずら〜っと並んでいる。  私はグレイのスカートを買う。エルメスの服というのは一見地味で、どうということがないように見えるが、着ると生地と裁断のよさがすごくよくわかる。シルエットがすごくキレイなのだ。試着しないで買ったけれどもスカートはぴったりだった。エルメスが三万四千円ならすごいお買い得だ。  セーターのところを見ていたら、私がこのあいだパリで買ったものと同じやつが、半額で出ていた。こういう時は本当に口惜《くや》しい。もうやつあたりして、邪けんに扱ってやるからね。  ところでこの会場には、芸能人の方々もちらほら姿を見せた。みんなが痩《や》せていることにびっくりする。それよりも、髪がつやつやとキレイにブロウされていることに感動した。そういえば、ある本の広告の見出しに、 「髪を見れば育ちがわかる」  というのがあったな。私の知っている金持ちのコンサバお嬢あるいは奥さまというのは髪がいつも完璧《かんぺき》だ。美容院から帰ってきたばかりのような髪をしている。たぶん本もあのことを言っているのだろう。それから、 「美人は土台が出来ているから、細部に凝る」  説もあたっているのだろう。ああいう層に不細工な女はあまりいないものね。  ところで五ヶ月ぶりに対面したスウェードのスカートであるが、家に帰って着てみたらピチピチであった。あの時はもっと余裕があったのに……。  リバウンドの波は、今回もひたひたと押し寄せてきているのねと、私は絶望の声をもらす。 [#改ページ]   私の勝負着物  皆さんはお正月に着物、着ましたか?  たぶんあまりいないかも。今どき、若い女のコが着るといったら、成人式か、友だちの結婚式ぐらいかしらん。成人式に着物つくってもらったコが、ボーイフレンドに見せびらかしたいために、お正月に着るっていう図式かな。  このところ、ずうっと洋服ばかりの私であるが、五、六年前までは着物に、かなりのめり込んでいた。どのくらいのめり込んでいたかというと、当時の稼ぎのほとんどを着物につぎこんでいたぐらいである。  当時、私のお金関係をやってくれていた税理士さんから、 「こんなお金の遣い方をする人に、何をやっても無駄だと思うから、今後は仕事したくない。僕たちが一生懸命やっていることは、いったい何なんですか」  と怒られ、ごめんなさい、ごめんなさい、と泣いたことがある。が、それでも着物はやめられなかった。  私は男にハマり金を遣ったことは一度もないが、着物にはハマった。訪問着をつくればつくったで、 「今度は気軽な紬《つむぎ》を」  ということになり、紬をつくったらつくったで、 「今度は中間の、さらっと着られる付け下げを」  ということで、またつくる。また夏に薄物を着て日傘をさして歩きたい、という願望のもと、上布や紗《しや》の着物も山のようにこさえました。マガジンハウスに入る前、着物雑誌の編集者をしていたテツオは、意外なほど見る目が肥えていて、あれがいい、あれがよくない、とアドバイスしてくれたものである。  が、私が着物好きということは世間にあまりにも知られてしまった。私が言いふらしたためであるが、私はこの状況にすっかり飽きてしまったのである。  今までだったら着物を着ていくと、みながわーっと歓声をあげた。ところがいつのまにか、パーティに行っても、 「あれ、今日は着物じゃないの?」  ということになってしまう。ひねくれた私は、すっかりその気を失くしてしまったのですね。  ところがつい最近のこと、知り合いの結婚披露宴に着物を着ていくことにした。ピンクの洋花という、とてもとても華やかなものだ。披露宴にふさわしい古典柄もあるのだが、こちらの方が映えると判断したのである。  ダイエットというのは、ありがたいものですね……。つくづく思う私。着物を遠ざけた原因のひとつは、デブの私が着るとめっきりおばさんっぽく見えることがあったのであるが、今の私はすっきりとモダンな感じよ。デブの時よりも十倍着物が似合ってきたような気がするの。本当に女は痩せなきゃ駄目よね。  そしてさっそうと結婚披露宴に出かけた私。名門のお嬢さまの結婚式なので、着物姿がとても多い。それも私の大っ嫌いなニューキモノがほとんどいなかったのが、さすがという感じだ。同級生のお嬢さん方は、振袖姿《ふりそですがた》がとても素敵で、大きな花束を見ているようであった。  これはマスコミの影響だと思うのだが、この頃着物というと、どうしてみんなあんなに汚らしい色のものを着るんだろうか。黄土色やえんじ、といったものは洋服の時に映えるんであって、着物になるとくすんでしまう。足まであり、袖をたっぷりとっている着物は布の分量がまるで違う。えーっと思うようなローズピンクや橙色《だいだいいろ》、水色といったものが本当に綺麗《きれい》です。こういうものを着て、帯を高めにきちんと締めた女のコというのは、お嬢さまっぽく上品に見える。これは着物を着るいちばんの効果ではなかろうか。  着物なんていうのは、めったに着るもんじゃない。お金も時間もかかる。だったら効果的に見せなくては損ではないだろうか。何もわざわざ、昔のお女郎さんみたいなニューキモノを着なくてもいいと思うんだけどなあ。  さてその夜、私の着物姿はとても好評であった。みんなが、 「わー、キレイ」 「よく似合うわ」  と誉めてくれた。私が洋服でこれだけ誉められることがあるだろうか。未《いま》だかつてなかったし、これからもないであろう。  このあいだもお話ししたと思うのであるが、私は狙う男性がいると、一回は着物で登場する。私の着物姿にむらむらして欲しいと思うのであるが、官能小説に出てくるようなことは一度も起こったことがない。  もしも、もしもであるが、万が一、脱いだりする事態が起こった場合、対処出来ないと考えているのではないだろうか。が、心配は無用だ。そういう場合ははっきり言って欲しい。着つけ教室に通った私である。そうなったら何とかします、ホント。  そもそも着物を好きになったのも、男の人がきっかけかもしれない。彼を振り返らせたい、驚いてもらいたい、という一念が、私に珍しいアイテム、着物を選ばせたんだと思うわ。  そして時代はめぐり、また誰かのために着物を着ようとしている私。ヒトヅマの着物姿なんていいわよね、色っぽいよね。そお、着物を着るのは、自分の物語をつくり、企画演出することでもあるのよね、ホッ(ため息)。 [#改ページ]   ジジ専な人生  私には�妹分�の女のコが何人かいる。お買い物やコンサートにつき合ってもらい、おいしいものを食べに行く。  お勤めしているコもいるけれども、やはり働いていないコの方が声をかけやすい。A子ちゃんは、中でも�仲よし度ナンバー1�のコかもしれない。私のこのエッセイにもよく登場する。大学を卒業してから、お稽古《けいこ》ごとだけをしていて、一度も働いていない結構な身分だ。おうちから仕送りしてもらい、ずうっと優雅な生活をおくっていたのであるが、彼女にも歳月はしのび寄っていく。何年か前に三十路《みそじ》を迎えてしまった。  歌舞伎を見に行った帰りにマガジンハウスに寄ったところ(この会社は、歌舞伎座の真裏にあります。誰でも入れる雑誌図書館やカフェがあるので、皆さんも上京の折にぜひ)、テツオは本当に無意識に明るく、 「フケたね〜〜〜」  と言ったので、とても傷ついた女のコである。  そのA子ちゃんであるが、このたび結婚することになった。相手はひとまわり以上年が違うおじさんだ。バツイチだけれども、会社を経営していてお金持ちそう。A子ちゃんの話によると、恥ずかしいので披露宴もパーティもせず、籍だけを入れるそうだ。まだ新居を探している最中だけれど、白金《しろかね》の億ションになるという。  その日も、イラストを届けにマガジンハウスまで従《つ》いていってもらった。性懲りもなくテツオはA子ちゃんをいじめる。  その昔、結構かわいいじゃんと言って、私に電話番号を教えろと迫ったことを忘れたのだろうか。いやその記憶があるから、こんなにいびるのかな。 「仕方ないか〜、あんたってジジ専だもんなー」  デブ専というのはよく聞くけど、ジジ専というのもイヤらしい響きだ。 「ひっどお〜い〜、テツオさんたら〜」  A子ちゃんは身をくねらせる。ちなみに彼女はものすごいブリッ子である。いや、もはやブリッ子というよりも、たどたどしく甘えたり、急に手を組んで顎《あご》をのせ、小首をかしげる動作が習い性になっている感じ。こういうのをやはりジジ専っていうんだろうなあ。おじさんに「可愛い、可愛い」って言われ続けた動作や喋《しやべ》り方を、三十歳過ぎてもしてしまうんだわ。 「私はジジ専なんかじゃありませえ〜ん。どうしてそんなこと言うんですか〜〜〜」 「じゃ、年下の男とつき合ったことあるのかよオ〜〜〜」  急におじさんっぽい口調になるテツオである。 「ありますよ〜だ」  甘ったれ口調で答えるA子ちゃん。 「幾つ下か言ってみろよ」 「二つ下でした」 「何年つき合ったんだよ。何年じゃなくて、どうせ何ヶ月なんだろ。そういうのはつき合ったじゃなくて、単に�やった�って言うんだぜ」 「ひっどい」  かなり本気で怒るA子ちゃん。やっぱり嫁入り前の女のコに、こういうことを言っちゃいけないと思うけどな。しかしテツオはしつこい。 「ジジ専の女っていうのは、あんたみたいに語尾を伸ばすんだよなー。まいっちゃうぜ」  この指摘は正しい。可愛らしく喋ろうと思うあまり、つい語尾が伸びちゃうんですね。それからA子ちゃんには悪いが、おじさん好みの女のコというのは、ファッションにもややずれが生じてくるみたいだ。あんまり流行を追ったりしない。どこか野暮ったくするのが特徴だ。白い襟のワンピースでパッド入りといった、今どきどこで売っているんだろうと思うようなものを着ていたりする。ミニマリズムのパンツスーツなんか絶対に着ない。  が、ジジ専の女のコだって、次第に年をとっていく。A子ちゃんのようにうまく結婚出来ればよいけれど、トウが立っていくまま、おじさんにもてあそばれる女の人だっている。  私はこのあいだ、私の友人を見てひっくり返りそうになった。彼女も有名なジジ専なのだが、ピンク地にボアの襟がついたスーツを着ている。四十半ばの女性が、ですよ。思うに彼女たちというのは、いちばんちやほやされていた時代で、化粧やファッションが止まってしまうみたいだ。  ちなみに私は、高いところをおごってもらう時はジジ専でいいが、それ以外は同世代の男の人とつき合いたい。  私は若い男がいいという女の気持ちが、よくわからないタイプの女だ。そりゃあ、どうしてもっていうのなら考えないこともないけれど、めんどうくさい、という気持ちがまず先に立つ。若い男のコはこわいもんなしだから、こっちに向かって突進してくる(と思う)、一度そういうことをしてしまうと、もう世間に向かっても隠さない(と思う)。彼に守るべきものが何もないからだ。こういうのに向かうのは、本当にめんどくさそう。  じゃ、うんとおじさんでいいかというと、おじさんは見た目もよくない。どんなに頑張っても小汚く、ハゲてきたりお腹が出てくる。私はヴィジュアルがよくないと燃えない性質なので、おじさんとそういうことにはならないと思う。やっぱりジジ専の女のコの気持ちがよくわからない……と言ったらA子ちゃんは「ハヤシさんまで」と泣きそうになった。 [#改ページ]   着たがる女、脱がせたい男  節分に�お化け�をすることになった。 �お化け�というのは、花柳界に昔からある遊びで、芸者さんたちがいろんな格好をするのだ。もちろんお客さんの方も、お金さえ出せば扮装《ふんそう》が出来る。  コスプレ好きの私が、このチャンスを見逃すはずがない。 「私、絶対に鬘《かつら》をかぶって芸者さんの格好をしたい。それからお座敷に出るのー」  仲よしの千代菊ちゃんは、私のためにわざわざ松竹|衣裳《いしよう》まで借りに行ってくれた。いつも割りカンでごはんを食べる「ワインの会」の仲間たちも、ミッキーマウスや小坊主の格好をしてパーティをすることになった。  私は黒の裾引きの着物で、特殊な白いお化粧をしてもらった。 「わー、キレイ」  とあがる歓声。そりゃそうよね、こういう芸者さんって、女なら誰でも一度はしてみたいよね。ものすごく女っぽく、キレイに見えるものね。  事件はその後に起こった。ゆっくりごはんを食べるため、お店が用意してくれた小部屋で着替えようとしていたら、千代菊ちゃんがやってきて言った。 「ねえ、○○ちゃん(仲間のひとりでサラリーマン)は、芸者さんの着物脱がすのが、一生の夢だったんだって。マリコさん、ちょっといいかしら」 「あら、いいわよー、どうぞ」  私のようなニセ芸者でお役に立つなら。私も帯をくるくる解かれて、 「あれ〜〜〜、お代官さま〜〜〜」  をやってみてもいいかしら。ところが千代菊ちゃんは出ていってしまい、○○ちゃんと小部屋で二人きりになり、ちょっとおかしなムードになった。私は帯を解かせてあげるだけのつもりだったのに、たちまち着物を脱がすではないか。  芸者さんの正装というのは、幾重にも着こんでいる。その下は緋色《ひいろ》の長じゅばんだ。なんと酔った彼は、それにも手をかけようとするではないか。 「ちょっとォ、何すんのよー」 「いいからさ、僕にまかせておきなよ」  目がランランとしている。このような身の危険を感じるのは何年ぶりだろうか。好みの男なら、ま、大目に見るけど、彼とはジャストお友だち。 「何すんのよオ! 冗談やめてッ!」  とつきとばしてやった。  後でこの話を皆にすると、女友だちはみんなゲラゲラ笑い出す。 「あなたにむらむらするなんて、すっごいじゃん。そんなの久しぶりでしょう」 「失礼ね。でも、彼は私にむらむらしたんじゃないわよ。芸者さんの格好と、あの緋色の長じゅばんにむらむらしたのよね。コスプレって、やっぱりすごいものなのねえ……」  しみじみとする私。そして私はひとつの結論に達したのである。 「女が着たがるものは、男が脱がせたがる」  スチュワーデスやナースの制服はもちろん、名門女子校の類もこれに入るであろう。知り合いで、スチュワーデスになったばかりの女のコがいるが、学生時代からの彼が、 「制服着てきて。そういうことをしたいから」  と言うので困るそうだ。スチュワーデスになったコは、たいてい彼からそう頼まれるみたいだ。  成人式や披露宴に出席する時、女のコはよく振袖を着るが、あれも男の人をむらむらさせるみたいである。お正月のラブホテルに着付けの人が待機しているのは、もはや有名な話だ。  私もどちらかというと、男の人の制服姿をいいナと思う方かもしれない。警察官や飛行機に乗る時のパーサーとか、カウンター業務の男もいい感じ。私の友人に、お医者さんの白衣にむらむらするというのがいる。彼女は以前不倫をしていて、お医者のおじさんとつき合っていた。彼女が言うには、外で知り合ったので、お医者さんだということを知らなかったそうだ。  このおじさんが、今度僕の職場へ遊びに来て、と言ったそうだ。そうしたら彼女、 「もっとあなたに夢中になりそうだからコワい。白衣姿のあなたを見たくないの」  とか何とか言って、相手をいたく喜ばせたそうである。結局はこういう女がモテるんだよね。  それはそうと、当然のこととして、すべての女が芸者さんやスッチーやナースの制服を着られるわけではない。�素�で勝負して、むらむらさせなきゃいけないわけで、これは簡単そうでとてもむずかしい。世の中にはすごい美人だけれども、男に全く欲情を起こさせない女というのがいるし、反対にそうキレイでもないが、なんかやたら男の人から何かされる女というのもいる。ついこのあいだ、あるパーティに行った時のこと。魔性の女、という尊称を持つ友人と一緒だった。ちょっとしたディナーとワインの会だったが、彼女は帰りしなに言った。 「あの男って、テーブルの下で、私にずうっと膝《ひざ》を押しつけてきたのよ」  私はびっくりした。初対面のその男性は、テーブルの上において、私にはとってもジェントルマンだったんだもの。 「でも私も、そういうこと、嫌いじゃないから、押し返してやったけど」  むらむらされる女って、こういう空気を漂わせているのね。許されそうな女、そうよ、間違っても、私のようにつきとばさない女よね。 [#改ページ]   割りカンな二人  久しぶりにテツオとごはんを食べることになった。 「やっぱりフグだぜ。冬はフグがいいよなあ」  とテツオは言う。フグは私も大好物。が、値段が値段なもんで、最近は安いコースを食べられるところへ行っている。ここで割りカンで友人たちと一緒に食べるのが最近の楽しみであるが、 「フグは六本木のAが最高だよなー。あそこのフグを食いてえなー」  とテツオ。そりゃあ「A」のフグは、他のところと全然違う。フグ刺しも厚くたっぷりしているし、フグチリや唐揚げのおいしさときたら……。 「たまにのことだから、おごってやるぜ」  とテツオは言ったのであるが、私は心が重い。私はもともと、相手が編集者であれ誰であれ、ご馳走《ちそう》してもらうのは気がひけるたちだ。そこのフグ屋は値段もすごいが、現金払いが鉄則である。私はかつてここで、お世話になった五人にご馳走したことがあるけれど、その時は銀行で預金をおろした記憶がある。けなげな私は、テツオに言った。 「他のものなら喜んでご馳走してもらうけど、やっぱりフグは気がひける。おまけにあそこはキャッシュでなきゃダメなんだよ。私、ヒトに目の前でそんな大金払わせるのイヤだから、割りカンにしようよ」  そしてその日、お店のカウンターで待っていると、いつもどおりテツオが遅れて入ってきた。 「よォ」 「遅かったじゃないの」  まるで恋人同士のような会話ね。他の人たちも、 「お、ハヤシマリコが、男を連れてフグを食べに来てるじゃないか」  と注目してる。ふふ、ちょっといい気分。ちなみに世間では、一緒にフグを食べている男女は、絶対にデキているという鉄則があるらしい。何の関係もない女に、あんな高いもんを食べさせるはずもないし、狭い座敷でいちゃいちゃ膝をつき合わせて鍋を食べるからには、絶対に怪しい、ということらしい。  でも世の中には、私たちみたいに割りカンで食べる男女もいるんだけどさあ……。  やがて私たちは座敷に上がり、楽しいひとときを過ごしたわ。そして金額をきっちり二で割ることにした。といっても、 「端数はオレが払っとくぜ」 「ありがとう」  というやりとりの後、おかみさんが高らかに叫ぶ声が座敷にいる私たちにまで聞こえたわ。 「ハヤシさんのお勘定、二つに割ってくださいね。端数はお連れの方が払うそうよー」  あれって店中の人たちに聞こえたと思う。私たちがタダの編集者と執筆者で、しかも割りカンで食べるセコい仲だということがバレてしまったのね。ハズカシイー。  かつて秋元康さんは私にこう言った。 「ハヤシさん、そういう金の遣い方をすると、絶対に男は恋愛感情を抱かなくなるよ」  つまり割りカンとかそういうことをやめろというのだ。私はつくづくわかったのであるが、男の人にモテる女の大きな要素は、「可愛いわがまま」というやつですね。夜中に車で迎えに来いとか、成田まで送っていけ、というのが平気で言えて、しかも相手に喜ばれる女の人である。  食べることにしてもそうだ。私のまわりで、 「男の人が払ってくれなきゃ、一緒に食べたりしないわよ。どうして私が払わなきゃいけないの」  と首をかしげる人がいるけど、こういう人は例外なくモテる。モテるから強気になるのか、強気だからモテるのか、私にはよくわからない。彼女は中華料理を食べる時は、二人で七皿分くらい頼む。別に大喰《おおぐ》いのわけではない。 「食べきれないぐらい並べないと、食べた気しないの」  だと。それで払う男の人はニコニコしてるから、よくわからないです……。  ああいう女のコというのは、仔猫《こねこ》のように男の人の懐に入って、ニャゴニャゴ甘えるすべをよく知っている。どこまで甘えていいのか、どこまで許されるのかも本能的によおくわかっている。あれはもう、天性のものとしか言いようがない。  が、私のところにもある日、ステキなご招待がやってきた。大金持ちのおじさまが二人、「吉兆」にご招待してくれたのだ。「吉兆」といっても、デパートの中に入ってる支店じゃないわ。そう、総理大臣とかがよく行く、築地の本店よ。芸者さんもいっぱい来て、ものすごく高いワインが抜かれた。だけど今日は気にならないわ。だって日本でも指折りのお金持ちのおじさまたちなんですもの。 「ごちそうさまでした」  と私が言ったら、 「いや、いや。美女にご馳走するのは僕の趣味だからね」  その時、本当に自然に、するりと、 「じゃ、またお願いします」  という言葉がもれた。同席していた友人が、「あなたって図々しい」と呆《あき》れてたけど、何ていうかさー、ちょっと自信が出ると発言が違ってくるのね。やっぱり女は外見って大切ねー、昔から私をよく知ってるテツオなんかだと、相変わらず弱気だけどさー。 [#改ページ]   歓迎されざる客  最近、トチ狂ったように洋服を買いまくっている私である。  そりゃあ、仕方ありませんわ。今まで無縁だったブランドのものが、何でも着られるようになった喜びって、ふつうの人にはわかりますまい。  丸の内へ行けばプラダに、青山へ行けばジル・サンダー、このあいだはコムデギャルソンでもたくさん買った。コムデの服は、私のようなもんでも着られるふつうっぽいものがたくさんあり、それがとても可愛い。店員さんのような、最近のアヴァンギャルドのものはとても無理であるが、今年の白のブラウスやニットなんか、とてもいい感じ。黒のジャケットも、とてもラインが綺麗《きれい》なの。  けれども、うんとコムデっぽいものを着たくなるのも人情である。水玉やチェックの生地が重なっている、オーガンジーのワンピースを見つけた。「ギンザ」の表紙になりそうなやつね。これを着るからには、髪型も工夫しなきゃならないし、靴もそれっぽいものでなくてはダメだろう。が、私は試着したら、どうしても欲しくなった。時代の空気をまとっている感じなのである。私は思う。  やはりこういう仕事をしているからには、コムデを着る気概を持たなくっちゃあね。無難なもんばっかり着てると、おばさんになっちゃうよ。この夏は、うんと頑張ってこれを着よう。私はそう決心したのである。  ところが、こんな風に冒険心にとむ私であるが、絶対に行かないお店がある。結構人気のある、あのブティックよ。  あれは五年前、私がうんとデブだった頃、ここのお洋服を時々買っていた。サイズが合うのを探すのは大変だったし、ボタンもぴちぴちになっていた。でも私は何とか必死で、サイズの大きいものを見つけて買っていたのである。  しかし私は、ある日女性週刊誌の小さいコラムにこんな文章を見つけたのだ。あの有名ブティックの店員の内緒話ということで、 「女流作家のM・Hさんが、よくうちの服を買ってくださるけど、あの豊満な肉体に合うものはなかなかなくて……うちのデザイナーもかわいそう。自分の意図と全然別のものになっちゃうんですもの」  私はむっとしましたね。誰が読んだって私のことだってわかるじゃん。もうこんな店、二度と行かないと決めた。どんなにスリムになり、どんなにお金持ちになっても、絶対に無視する。それが私の復讐《ふくしゆう》よ。  そう、『プリティ・ウーマン』の中で、自分にイジワルしたブティックの定員に、ジュリア・ロバーツが仕返しするシーンがある。あの心境を思ってくださればいい。  ところで、うちのクローゼットが満杯になり、クレジットカードが限界になって、私はふと考えるようになった。 「ちょっと着物の方も、思い出してやらないといけないかも」  私がひと頃、着物に凝っていたことはご存知だと思う。遣ったお金もハンパじゃない。当時の稼ぎはすべて呉服屋さんにつぎ込んでいた。  芸者さんでもホステスさんでもなく、料亭のおかみさんでもない私が、とても着こなせる数ではなく、大半がしつけ糸をしたまま眠っているのだ。あれだけお金を遣った着物が、袖《そで》を通さないまま、私を恨むでもなく忘れ去られようとしている。 「そうだ、あれに日の目を見せてやろう」  気になっていた一枚がある。それは加賀友禅の作家に描いてもらったもので、モダンに梅を染め出したものである。お茶を習っていた頃、初釜《はつがま》に着ていったことがある。一枚の写真が残っている。体重が記録的にあった頃で、白い着物をまとった私は、まるで女相撲のようである。あまりのひどさに、二度と着ていないが、あれは着物自体は素敵だった。あさってのパーティにぴったりじゃないだろうか。  マスコミの人も来て、私が取材されるパーティだったので、ヘアメイクの人も頼んだ。彼女は私の髪をモダンなボブに仕上げてくれた。これに着物を着て、白い帯を締め、帯締めと帯揚げでアクセントをつけた。  自分で言うのもナンであるが、すごく決まっていたのである。あの頃を知っている秘書も驚いていた。 「ハヤシさん……。同じ着物だとは思えませんね。すっごく似合ってステキです。痩《や》せるってこういうことなんですね……」  パーティに来ていたテツオも言う。 「おっ、カッコいいじゃん。すごくいいよ」  口の悪いテツオが、ここまで誉めるなんて奇跡に近い。パーティでも、キレイ、キレイとちやほやされた。  私はしみじみと思ったわ。そうよね、あのブティックの店員さんを恨んじゃいけないわ。デブの私がいけなかったのね。誰だって自分のところの洋服を、キレイに着こなしてもらいたいと思うのは当然の話だ。デザイナーを誇りに思えば思うほど、似合わない人に着てもらいたくはないわよね。  これからは、どこのお店からも歓迎される人になろう。リバウンドから立ち直るいちばんいい方法は、洋服をどっさり買うことだ。また明日から頑張るワと、私は握りこぶしをふるわせたのである……。 [#改ページ]   蓼《たで》食う女も好き好き  このあいだ高校の同級生A君と食事をした。A君の奥さんは、ものすごい美人である。しかもお金持ちのお嬢さまで品がいい。お金持ちの娘の中には、おミズ系に派手になる人も結構いるが、彼女の場合はおっとりしてすべてにエレガントである。一緒に食事をしたうちの夫も、 「キレイなひとだなあ」  と感心していた。しかもこの二人、とても仲がよく、時々見つめ合ったりしているのだ。これは以前から言っていることであるが、すっごい美人の奥さんや恋人を持っていると、男の人は意味なく尊敬される。  さえないサラリーマンのおじさんが、何かの折りに奥さんを連れてきたところ、あまりにも美人だったので、次の日から皆の態度ががらっと変わったというのはよくある話だ。  しかし、この反対はむずかしい。美男美女のカップルでも、相手がキムタクだと、静香のように何だかんだ言われる。ましてや庶民レベルの女が、ハンサムと結婚したりしようものなら、そりゃあいろんなことを言われる。  カラダで釣った、なんて言われたらそれはそれなりに嬉《うれ》しいけれど、イヤなのはお金の力、なんて言われることですね。あるパーティで、知り合いのエリート官僚から奥さんを紹介されたことがある。あまりにもキレイじゃなかったのでびっくりした。男の方は○○省きってのハンサムと言われていたのだ。  彼はいずれ選挙に出るから、そのために大金持ちの娘と見合い結婚したんだと、皆が噂していたけれど、あんなこと言われると女はつらいと思う。  さて、これとは別のケースで、本人は美人で仕事も出来るのに、男の趣味が最悪というのがある。見かけも悪いし中身はカラッポ。 「いったい何が悲しくてあんな男を……」  とまわりが同情するような男だ。最初こういう女性は、尊敬とまではいかないが好意を獲得する。 「きっと内面の深いところで惹《ひ》かれたんだろう」 「男にブランドを求めないのがエライ」  などと皆はちょっぴり誉める。しかし次第に時間がたつにつれて、おかしい、おかしい、ということになる。あれだけの女が、どうしてあんなレベルの男に満足しているんだろうということになるのだ。そして行く着く先はただひとつ、そう、 「きっとセックスがすごくいいんだろう」  という、お決まりのアレですね。  私の友人で、恋多き女、ということで名を馳《は》せた人がいる。彼女はしみじみと言った。 「私、男の人なしで一日たりとも生きていけないの……」  ふうーん、そんなもんだろうかと感心した憶《おぼ》えがある。私なんか、いない時間の方がずっと多いので、別にいなくたって生きていけるわい。  ちなみに彼女の今の同棲《どうせい》している男も、決してステキとは言えない。別の友人が、 「あんな男、女が百人いれば百二十人、イヤだっていう感じよね」  と、彼女の彼を評したことがある。このあいだ彼女は、仕事の人が招いてくれた食事会にこの彼を連れていって、ヒンシュクを買っていた。お酒を飲んでからんだらしい。  うんと若い時なら、くだらない男を好きになっても、「純粋」ということで許される。けれどもいいトシをした女が、ひどい男を連れていると、本当に人間性まで疑われてしまう。私は別にハンサムで、金持ちの男を狙えと言ってるわけではない。人間として品位と知性を持っていなきゃダメだと言いたいのだ。私は例の、ヒンシュクを買った友人に尋ねた。 「ねえ、彼のどこがいいわけ」 「だって、すっごく可愛いんだもん」  あの汚いおっさんの、いったいどこが可愛いんじゃと叫びたくなって、とっさに抑えた。そして私が次に思ったのは、 「この人、ヘンタイかしら」  というやつである。あのおじさんを可愛いなんて頬ずりするのは、やっぱりどこかヘンだ……。私はそれ以来、怖くなって彼女にあまり会っていない。  とはいうものの、ほんの少し羨《うらや》ましいところもあるかも。男にそれほど執着するということは、体の魅力にからめられているということだ。人間、男も女も、そういう盛りを過ぎると、セックスにこだわらなくなってくる。あるいはこだわっていても、そういう方面に無関心のふりをする。頭が悪そうに見えるからだ。だけどそんなにセックスが好きで、それを基準に男を選べるなんてステキじゃないの……。  とはいってもなあ、やっぱりこの男と最初にそういうことを出来るだけでも変わってるよなあと、いろいろと考えてしまうのだ。  とにかく私が実行してることは、女友だちの恋人がちょっとアレだと思う時、カップルで絶対に会わないようにしようということだ。彼女の方まで嫌いになったりしたら困るものね。男の趣味が決定的に悪い女から、他の女がちょっと遠ざかるのは、こういう理由があるからだ。 [#改ページ]   お肉が来た!  皆さん、お元気ですか。  リバウンドの恐怖と必死に戦っている私です。ご存知かと思いますが、インストラクターの先生の手を離れ、ひとりでやっていこうとけなげに決心したところまではよかったのであるが、ついワインを飲み、デザートも食べた。 「いいじゃん、いいじゃん、このくらい。こんなご馳走《ちそう》を食べられる日は特別だし」  と思っていたのであるが、その特別な日があまりにも続き過ぎたようである。  ひたひたと迫り来るエイリアンのように、お肉は静かに着実に私の体についていった。腕をまわす、ふとわき腹のまわりに感じる懐かしい感触……。 「あ、お肉が来た」  こわくて体重計に乗れない。  おとといのこと、久しぶりにテツオとデイトをした。おいしい和食の店だ。ここは前菜代わりにお鮨《すし》が出る。ほんのちょっぴりだから食べた。スッポン雑炊も食べた。テツオはお酒を飲んでいたので、自分の分も勧める。 「とりあえず、うちの撮影の日までに痩《や》せてくれればいいよ」  なんてやさしい。  その後、二人でバーに入った。ここでイチゴベースのカクテルを二杯飲んだ。ここのバーテンダーさんはすごく鋭い人で、私がちょっといいナと思っている男の人と二人きりで行くと、まるっきりほっといてくれる。が、テツオの時はずっと前にいる。 「ふつう男と女がバーへ行けば、それなりの気配が漂うんだろうけど、オレたちの場合、そういうオーラがゼロなんだよな」  さすがのテツオもしみじみと言ったぐらいだ。私たちって、どう見てもそういう風に見えないらしい。ずっと前、二人で午前二時の西麻布を歩いていた時、犬を散歩させている知り合いに会った。そういう時って、ふつう物陰にさっと行くものではないだろうか。そして、 「実はあの二人は……」  と頷《うなず》いたりするものではないだろうか。それなのに、その人は明るく私たちに声をかけたのだ。 「やあ、カラオケの帰りなんだね」  こんなことを言われるわが身が悲しいが、本当にそうだったことも悲しい……。  まあ、そんなことはどうでもいいけれど、次の日、おそるおそる体重計に乗ったら、トータルで三キロ太っていた。もうこんな生活、本当にイヤッ。ちょっと食べたらすぐに肉となる。日々この思いと戦いながら食べるなんてさ。  そんなわけで、ここのところは気持ちを入れ替え、出来るだけうちでごはんをつくるようにしている。おひたしに煮物、お魚の焼いたものとか出来るだけ野菜をとる。こういうのを、うちの夫は「よし、よし」といった感じで平然と食べる。このあいだは、 「魚が生焼けだったぞ。いつも君はズボラなんだから」  と怒られ、私はカッときた。 「飯島直子の離婚記事を読まなかったの」  と、テーブルをひっくり返そうと思ったぐらいだ。天下の美女、スター飯島直子さんは、別れる時、 「私は飯炊き女じゃない」  と言ったそうだ。週刊誌の見出しだから、本当かどうかわからないけどその気持ちはわかるなあ。私なんか、朝のトーストにもバターを塗って夫に渡す。彼は機嫌のいい時は「ありがとう」と言うけど、たいていは黙って新聞を読んでいる。そういう時、私は飯島直子さんと同じことを考える。 「私は飯炊き女じゃない」  そんな折りも折り、松嶋菜々子さんと結婚した反町隆史さんが、記者会見でこんなことを言っていた。どんなところがよかったかと聞かれ、 「料理をつくってくれる」  だと。  好きな人にお料理をつくるのはすごく楽しい。喜んでくれたりすると、ものすごく嬉《うれ》しい。私もそのひとりであるが、女はこういうことをしたくて結婚するところがある。  しかしごはんというのは、三六五日毎日つくらなきゃならない。昼は別々に食べるとして、×二は七三〇回である。これをちゃんとやろうとしたら働く女には無理だ。  しかも男の方はつけ上がってくる。テーブルに座ると、料理は出来ているものと思ってしまう。この頃の若い男のコだと、自分でつくる人も多いけれど、やはり最終的には女に負担がくる。  愛から出た行為がやがて負担になり、負担は愛を失わせてしまうのよね。  ふたりでパスタをつくってワインを開ける、なんていうのは恋人か新婚の時だけ。クッキングはやがて飯炊きに変わっていくのよ。結婚なんてこんなもんなのよ。  結婚記者会見の時に、 「彼女に惚《ほ》れたのは、スターでキラキラしていて、女優として一生懸命やっているところです」  という男を見つけなくてはいけないのだが、そんなことはむずかしい。女はどんなスターでも、素の自分(料理もつくるふつうの女のコ)を愛してくれる男を求めてしまうから。 [#改ページ]   皆さん、お早い  タクシーの中で、若い友人から突然言われた。 「ハヤシさん、私、Bさんとつき合ってますから」  Bさんと言われてすぐに誰だかわからなかった。そうだ、ついこのあいだ私が紹介してやった男ではないか。  彼女と二人で海外旅行した時、 「おいしいレストランに行きたいから、誰か連れていってくれる男をよろしく」  と頼んだところ、現地の友人が彼を推薦してくれたのだ。ハンサムでマナーもいいという触れ込みだったが、確かにそう悪くなかった。しかしあの時、黙々と食べ、ほとんど喋《しやべ》らなかった彼女と、B氏がどうやって結ばれたのであろうか。そういえばB氏、海外勤務を終え、帰ってきたというハガキが来てたっけ。その後、つき合いが始まったということか。  それにしても、皆さんお早い。一緒にごはんを食べたのは、ついこのあいだのことではないか。B氏が彼女に興味を示した様子もなかったし、彼女が愛想をふりまいたという記憶もない。しかし世の中って、こんな風にしてまわっていくのね。  そして私って、いつも場所を提供する女なんだワとつくづく思う。ケチなことは言いたかないけどさ、食事代何人分かおごって、人に恋の場所を提供していたわけね。ずうーっと昔からそうだったワ。  私はテツオに言った。 「私って、いつも私的�ねるとん�を企画してあげる女なのかも」 「オレが前から言ってんじゃんか」  テツオはいつもの暗い口調で、おごそかに言い放つ。 「モテる女は、絶対にコナかけてるって。コナをかけないでモテる女なんかいないってさ」  そうかな。私もその持論には賛成しているが、あの時のお食事に、コナの入り込む隙はなかったと思う。友人はほとんど無言で食べ、B氏の方は私にばっかり話しかけてたと思う。 「それはだなー、食べながらコナをかけてたんだ」  とテツオ。 「食べながらコナかけるって、どんなことするの」 「イヤらしい食べ方してさ、意味ありげに男を見たんじゃねえのか」  誓って言うが、友人はそういう器用なことが出来る女ではない。  まあ、私はヒトヅマだし、年増にもなっているので傷つくこともないけれど、昔はそりゃあイヤなめにばっかりあっている。ここに書くとみじめになるからあまり言いたくはないけれど、つまり「抜けがけ」っていうのをすごくされた。どうして皆さん、そんなにお早いのかしら。 「そりゃあ、すぐにやらせるからだ」  テツオが下品なことを言う。 「会ってすぐに、やらせてくれればさ、男と女なんかすぐにくっつくじゃねえか」  私もそういうことをするのにやぶさかではなかったが、年をとるとシガラミというのが出てくる。十代や二十一、二の女のコじゃあるまいし、紹介してくれた人の手前もある。それにワンナイトラブ、一回こっきりの関係というのもすごく淋《さび》しい。  お早くなってもいいんだけれども、それがちゃんとした恋愛にという風に安定したい。  よく世の中で、一回こっきりのことばっかりしていて、自分は「新しい女」みたいに思っているのがいるが、私は違うと思う。そういうことが続いている女というのは、どんなに美人でも安っぽい雰囲気が漂っている。  女がポイントを上げるのは、うんと早くまとまり、深く潜行し、そしてさりげなく、 「実はつき合っているんです」  ということでありましょう。  しかしなあ、恋のはじまりというのは、いったいどんな風にくるのかしらん。初めて会った時から、ちょっといいナと思うと、女はまず目に力を入れる。その人をじっと見て大きく頷く。その人の言葉に大きく反応して、すっごく笑う。これだけのことをしておけば、男も「お」という感じで、こちらの方を向いてきますね。後はぐずぐずと帰るふりをして、終わり際を一緒にいるように計算する。二次会には行かないつもりと大きな声で言う。こうしておけば、たいていの男は送ってくれるから……。  あーあ、昔はちょっとあった勘がすっかり鈍ってしまった。やっぱりな、ヒトヅマっていうハンディは大きいよね。恋っていうのは、していないとだんだん錆《さ》びついてくるものね。  そこへいくと私の友人たちはみんな現役なもんで、うまあくかっさらっていってくれます。ホントに恋は速攻だよね。自分の動物的カンを信じて、とんとんとんと進んでいかなければならない。  あの時テーブルの上で、友人とB氏との間にさまざまな暗号が流れたのであろう。それをキャッチ出来ない私というのは、もはや自分もそういうオーラを発せなくなっているのかしらん。いや、いや、それじゃ悲し過ぎる。今度試しに、ちょっと頑張ってみるか。実はあさっては私の誕生日。ある男性とデイトすることになっているの。 [#改ページ]   人気って、何なの?  こんどある出版社で、「マリコフェア」が行われることになった。ご存知、このイラストをかたどった「マリコ人形」のストラップを二千人の方にプレゼントします。私の文庫を二冊買うと応募出来ます。みんなどしどし申し込んでくださいね。  それにしてもさあ、と急にふんぞり返る私。私より人気のある作家、売れてる作家は何人もいると思うけど、人形が出来たり、キャラクターグッズが出来たりするのは私ぐらいであろう。何ていうかさ、人気のありようが普通の作家じゃないのよね。このあいだもある人から、 「ハヤシさんの立場って、本当に独特だよね」  と言われたっけ。  さて、今回は人気の話だ。私を嫌いだという人もそりゃあたくさんいるだろうけど、私を熱狂的に好き、という人もかなりたくさんいる。サイン会に行けば、何時間も私のことを待っていてくれて、花束やプレゼントをくれる。全国から私のうちへ、お菓子や果物が届くし、ファンレターもいっぱい。皆さんが本を買ってくれる数もハンパではなく、その印税で私は贅沢《ぜいたく》も出来る。服もいっぱい買える。  いろんな人が私に聞く。 「あなたって、昔からまわりに人気あったの? 目立つタイプだったの?」  ノーと私は答える。とんでもない。よくクラスにひとりいる、デブで気はいいんだけど、何かうざったらしい女。それが私よ。いつもクラスの女王さまにおべっかを使い、お調子をくれていた女のコ。人気なんかあるわけないじゃん。クラス委員になったこともなけりゃ、劇の主役になったこともない。  もちろん男になんかモテるわけもない。中学、高校になると、田舎でもみんなステディな相手をつくる。だけど私なんか、本当に「問題外」といおうか、お呼びじゃない、って感じよね。姑息《こそく》なことばっかりして、人の仲を取りもってやったり、相談相手になるふりして、何とか二人にかかわりを持とうとしたりして、ああ、考えただけでも涙が出てくるような私の青春時代。  高校になってからは、ちょっと人気が出て、地元のラジオ局のDJしたり、グループで男のコたちと遊びに出かけたりしたけど、いわゆる�おにぎやかし�というやつ。  大学に入って、私は頑張りました。青春しようとテニス部に入ったのはいいけれど、そこでもあぶれた。二十六人中、カップルが七組という環境だったのに、私はすっかり無視されていた。 「マリちゃん、マリちゃん」  と皆が私のことを面白がるが、それは安全パイだから。�おにぎやかし�から�盛り上げ役�になっただけである。  しかし不思議なことに、このあたりから妙に人気が出てきたのだ。私もなぜだかわからない。いろんな人から相談ごとを持ちかけられたり、いろんな誘いが来たりした。  決定的だったのは、コピーライターになって何年かしてのこと。ある取材先で、女の人からこう言われたのだ。 「ハヤシさんって、女の人に好かれるでしょう」 「いいえ、そんな、別に」 「そんなことないと思うわ。あなたみたいに率直で面白い人は、女の人から好かれると思う」  しかし当時の私は、レズになるわけじゃあるまいし、女にモテたって何のいいことがあるんだ。女の愛よりも、男の好意だと本当に思っていた。ところが、そういう私の気持ちに反して、やたらまわりを女が囲むようになってきたのだ。ごはんをつくりにアパートに来てくれる人もいたし、洋服をいっぱいくれる女の人もいた。彼女たちは決まって言う。 「だってあなたって、可愛いんだもん」  可愛い、可愛い? 私はこの言葉を男から言われたことがあるだろうか。夫を含めて、せいぜいひとケタぐらいである。本当に不思議だ。  そして私はドジで田舎っぽいけど、愛嬌《あいきよう》があるということで女の人たちに好かれていたのであるが、この数年は風向きが変わってきた。多くの読者は私のことを、 「強くてカッコいい」  と言ってくれるのである。全く人気というものはわからない。みんなが勝手に私のイメージをつくり、それに好意を持つ。私の知らないところで、エネルギーがつくられ、それがぐるぐるまわっているのだ。ある俳優さんが、子どもが生まれた時のインタビューで、 「人気とか運とかいったものに、左右されない仕事に就かせたい」  と言っていたけれども、その気持ちすごくわかるな。わかるけれども、人気というものの熱気に包まれている快感を私はもう知っている。会ったこともない他人の好意は、ほんの少しずつだけれども熱を持ち、こちらに向かって流れ込んでくる。そういうものにちゃんとこたえなければならないと私は思う。それがずっと「その他大勢」「いても構わない」人生をおくってきた私の幸福だから。  それにしても、私はまわりの人にもものすごく気を遣う。相手が疲れるぐらいにだ。テツオはそれを「トラウマ」と言うけれど、やっぱり女王の過去が欲しかったぞ。 [#改ページ]   ジーンズ禁止令  最近スカートばっかり買っている私である。不思議なことにダイエットの結果、下半身の方が痩《や》せたのである。  上の方は「腐ってもタイ」といおうか、衰えたりといえどもバストがまだ多少残っている。そのためサイズが苦しいのであるが、スカートの方は比較的すんなりと入るようになった。  その結果、トップよりもボトムの方を買っている。このあいだは紀尾井町のドルガバで、それはそれは美しいシフォンのスカートを見つけた。私はシフォンに目がない。ふんわりとやわらかく、着ているだけでお姫さま気分になるのだ。  そのスカートは赤い花模様で、ショーウインドウに飾ってあった。ここのものは細身に出来ていて、今まで悲しい思いばかりしていたけれども、これはどういうわけかぴったりではないか。即決。  このところミニマムなものばかり着ていたせいであろうか、ラブリー路線に目がいく私である。久しぶりに「アンナ・モリナーリ」ものぞいてみた。  すると発見したのである。この世のものとは思えないほどかわゆいスカートがある。バレリーナの模様で、よく見るとスカートにところどころスパンコールがほどこされているじゃないか。私は年齢、体重、体型、いろんなことを考えた。そしていったんは諦《あきら》めて、近くの出版社へ打ち合わせに出かけた。  そこの女性編集者たちに話したところ、みなで見に行ったらしい。そして後に合流したら、口々に言う。 「ハヤシさん、あれは絶対買った方がいいですよ」  そんなわけで、今、私はそのスカートをはいている。今日、対談や打ち合わせで三組の女性と会ったが、彼女たちは必ず叫ぶ。 「わー、ステキ。それ、いったいどこで売ってるんですか」  フレアになっていて、私が歩くとバレリーナたちも一緒にひらひら動くのさ。  またスカートとは違うけれども、私はこのあいだコムデのワンピースを買った。これもシフォンが重なっているものだ。チェックとドットの透きとおる模様が幾重にもなっていて、その美しいことといったら。  私はあまりアヴァンギャルドな感じにはしたくなかったので、これに麻の黒いジャケット、パンプスを組み合わせる。が、どこへ行っても誉められる。このあいだはマスコミの人たちが集まるパーティで、ステージに上がって挨拶《あいさつ》する機会があったが、ふんわりとスカートが揺れ、こちらも大絶賛である。 「これ、いったいどこで売ってるんですか」  このように人サマに誉められることが多くなった(服が)私であるが、真のおしゃれになれない致命的なところがある。それはケチなところですね。つまり、 「汚れるともったいない」  という精神である。  おとといのこと、仲よし数人で焼肉を食べに行くことになった。うんとおいしいけれども、うんと野性的なところという評判だ。焼肉と一緒に、 「煙で隣の人の顔も見えなくなるので、それなりの覚悟をしておいてください」  という注意書きが入っていた。私は買ったばかりのバレリーナスカートにしようか、それともアルベルタ・フェレッティのピンクの革にしようか悩んだのであるが、脂やタレがついたらイヤだなと思い、ジーンズにした。ところがどうだろう、他のメンバーはちゃんとそれなりの格好で来ているじゃないか。他の二人も、パンツスーツ、ワンピースといういでたちだ。男の人たちも上着は脱いだもののピシッと決めている。私ひとりだけ、何だかビンボーたらしいのである。  テツオは言う。 「ジーンズっていうのはさ、いい年してそれを着ちゃおしまいのところがあるよ。うんと若くてモデル並みじゃないかぎり、あれは人前では着ない方がいいよ」  そういえば何年か前、女友だちとパリのプラザ・アテネに泊まった時のことだ。彼女は年のわりにはスタイルがよく、ジーンズをはくとおじさんたちに驚かれるそうだ。 「うちの女房なんか、ジーンズをはいたことなんかないですよ」  彼女はパリに来る前、視察旅行でおじさんたちと東欧をまわっていたのだが、そこでモテモテだったと得意そうに言う。それでプラザ・アテネのロビーも、ジーンズ姿でいるわけであるが、私は注意した。 「ねえ、こんなとこまで来て、そんな格好することないじゃん」  そうよね、いい年をした女が、いくら焼肉屋に行くからといって、ジーンズはよくなかったと大いに反省した私である。  このところ夜眠る前に、明日は何を着ようかナと考える。そして眠りにつく。この幸福なひととき。お洋服から私はなんてたくさんの幸福をもらうようになったんだろう。バレリーナのスカート、シフォンのスカート、好きで好きで買ったもんばっかり。ダイエットして本当によかったデス。ケチをしていてはもったいないですよね。 [#改ページ]   ミルキー・オーラ発信!  恒例の桃見ツアーの日がやってきた。  私のふる里山梨は、毎年四月中旬になると、それはそれは美しい桃の花でうずめつくされる。盆地全体がピンクのカーペットが敷きつめられたようになるのだ。  知り合いの桃畑を借りて、花の下でバーベキュー&酒盛りをする。これが楽しみらしくて、担当の編集者の人たち四十人が参加してくれる。  行きのバスの中から、みんなビールやワインを飲んでどんちゃん騒ぎが始まるのだ。私は毎年ゲストを呼ぶのであるが、今年は千代菊ちゃんを誘った。  おととしパリに行った時は、二人でホテルのバーで、いろいろ話したっけ。現役の芸者さんだった時代から、彼女はその美貌《びぼう》と頭のよさで知られていた。有名人の知り合いも多く、みんなから、 「千代菊ちゃん、千代菊ちゃん」  と大変な人気であった。新橋のような一流どころの芸者さんともなると、つき合う男性も一流の人ばかりだ。そういう中で生きてきた千代菊ちゃんは、�女のプロ�といった感じで、私は彼女のことをとても尊敬しているのだ。  彼女が事務局のような役割をしていて、いい男ばっかり集まる「ワインの会」やおいしいものを食べる会も定期的に行われるようになった。この頃、月に三回ぐらいは千代菊ちゃんと遊ぶ。私も彼女の百分の一ぐらいの色気と魅力を身につけられたらいいナと思う。  さて桃見ツアーの当日、天気も最高であった。代々木公園前から出るバスに乗り込むと、既に千代菊ちゃんも来ていて座っていた。真赤なコートに、黒いサングラスは�ただ者�じゃないという感じ。いつも美人と見ると図々しく近づいていく編集者たちも、遠まきにしている。やっぱり、ちょっと近づけないという感じなのだ。  いちばん後ろが、やけに騒がしい。A子さんが来ているのだ。A子さんもこのエッセイによく登場している。「大助花子」の花子生きうつし、生きているペコちゃん、と呼ばれ、かつ魔性の女と賛えられる女性編集者だ。  彼女は某有名出版社に勤務しているのであるが、そこでいちばんいい男と結婚。ほどなく離婚したのち、いろんな男性と恋愛を重ね、今は某人気作家と同棲《どうせい》中である。年上のしぶーいおじさんであるが、彼はA子さんに夢中で、もう手放せないそうだ。  A子さんは、ころころした体型に似合わない開きの大きいニットセーターを着ていた。首のうしろの方にこんもり肉がついている。ふつうそういうのは隠すのであるが、彼女はむき出しにして、そこが日に灼《や》けている。  男の人たちから、 「おい、お前、背脂がにじみ出てるじゃないか」  とからかわれていた。本当にA子さんがいると、そこは吉本の舞台になる。みなを笑わせ、彼女は自分でもボケをかます。  何度でも言うようであるが、A子さんを見ていると、私の長年つちかってきたセオリーががたがたに崩れてくるのである。ふつうこういう三枚目の女性は、モテないことになっているのであるが……。  帰りのバスの中で、何と千代菊ちゃんとA子さんは隣り合って、仲よくお話ししていた。帰りぎわ、千代菊ちゃんは私に言った。 「ハヤシさん、今日、噂のA子さんに会えて本当によかったわ」 「ふうーん」 「あの人がモテるの、私、すごおくわかりました」  女のプロである千代菊ちゃんが言うので、私は驚いた。 「私、隣にいてあの人から、すごく強い力を感じました。生命体の強さっていうのかしら、ものすごく強いオーラが、あの人から出てるんですよ。男も女もあの人に魅《ひ》かれていくの、わかります」 「へえー、強い生命体ね……」 「こういう世の中で、男も女も軟弱になっているじゃないですか。だからああいう強い女の人がいて、強い光線を発していくと、みんなふらふらになっていくんじゃないでしょうか。それに強いオーラといっても、あの人は甘いにおいがします。言ってみればミルキー・オーラじゃないでしょうか」  そういえば、彼女のあだ名は「神楽坂のペコちゃん」である。ミルキー・オーラというのはあたっているかも。私はため息をついた。 「そうかあ、私も生まれた時を間違ったのかも。私ももうちょっと遅く生まれていたら強い生命体ってことで、モテたかもしれないけど、時代が悪かったのね」  が、これには千代菊ちゃんは何も答えなかった。  ちなみにA子さんを見たい人は「編集会議」という雑誌の表紙を立ち読みしてください(地方では売ってないかも)。四月号、五月号と彼女は作家と一緒に写ってますよ。ちなみに四月号は私が中心に立っている表紙。後ろに立つおさげのA子さんに完全に負けている。 [#改ページ]   ヒトヅマの選択  皆さん、お元気ですかー。  私は、あまり元気じゃない。仕事があまりにも忙しいうえに、毎晩のスケジュールは毎日、詰まっている。 「毎晩遊び歩いているんじゃない」  と夫は怒るけれども、毎晩誰かと食事の約束はあるし、およばれはある。全く、こんな日々を過ごしながら、仕事も家事もダイエットもやる私というのは、なんてえらいんでしょ。ご馳走《ちそう》を目の前にしながら、食べていいものをちゃんと頭の中で計算している。メインのものはたいてい、いただくけれども、どんなに勧められても、デザートは口にしない。アルコールは、いいワインとか日本酒だったら、最初にちょっぴりいただく。私はご飯よりもパンの方が好きだけれども、どんなに焼きたてのおいしそうなものが並んでいても、じっと我慢する。  その甲斐《かい》あって、最近めっきりキレイになったと評判の私である。なんていうセリフ、読者の方々だったら聞き飽きたよね。  じゃ、これはどうだ! 「ついに『SMAP×SMAP』に出ることになった私です」  前から私は、たまにはテレビに出ようかナ、出るとしたら「おしゃれカンケイ」と「SMAP×SMAP」だよ、と公言していた。「おしゃれカンケイ」の方はすぐに声をかけていただいたのであるが、「SMAP×SMAP」の方は、ウンともスンとも言ってこないじゃないの。諦《あきら》めていたのであるが、つい先日、出演依頼の電話がかかってきた。  すごいじゃんと、私のまわりの人たちは興奮している。そしてにわかに増えたのが、 「付き人として一緒に行かせてくれ」  というやつである。私は芸能人じゃないので、どこへ行くのもひとりである。本のプロモーションで何かに出る場合、たまに出版社の人たちがついてきてくれることがあるけれども、番組出演も、講演会もひとりで行く。 「だけどさ、そんなこと誰もわからないわよ」  知り合いの女性が私に手を合わせた。 「私、一度でいいからキムタクに会いたいの。ね、ハヤシさん、お願いよ。私を付き人かマネージャーってことにして」  そりゃあ、キムタクを見たくない女なんているわけないでしょと、私は冷たく言い放った。しかし、ここに思わぬ伏兵が現れたのである。誰あろう、テツオである。 「あんたが『SMAP×SMAP』に出られるのも、もとはといえばオレのおかげなんだぜ。オレが知ってるプロダクションや、テレビ局に頼んでやったんだからな」  と、すごむ。こうなったらテツオを無視するわけにはいかないではないか。 「それはそうと、キスの練習はしてるんだろうな」  と、テツオは意地悪気にイヤらしく笑った。 「年上の女としての貫禄《かんろく》、見せてやれよ」 「いいえ、私はヒトヅマだからそんなことは出来ないの」  と、きっぱり。 「私、相手がキムタクだろうと……」  言いかけてハッとした。たとえキムタクでもという、この譬《たと》えはよく使われるが、実際そういうことをする女が日本中に何人いるだろうか。ああ、すごいわ、私って……。 「でも、でも、人前でキスなんか絶対にしませんからねッ」 「けっ、何を気取ってんだよ」  と言いながらも、テツオは、私のためにプロジェクトを組み始めた。あと絶対に四キロは痩《や》せた方がいいと言うのだ。こんなに努力しているにもかかわらず、ちょっと油断するとリバウンドの波にさらわれる、そんな不幸な私。  皆さん「ヤセた、ヤセた」と言うのだけれども、実は「おしゃれカンケイ」に出た時よりも、二キロほど太っているのだ。 「スタイリストはマサエに頼んでおけよ。それからヘアメイクはやっぱり大物だぜ。オレからミヤモリさんに頼んどいてやるよ」  ミヤモリさんというのは、いつも私のヘアメイクをやってくれるアカマツちゃんのボスである。スターといわれる人たちを手がけるカリスマヘアメイクのひとりで、私なんかやってもらうのはおそれ多いよ。 「何言ってんだよー。『SAMP×SAMP』だぜ。視聴率が毎回二十から二十五のオバケ番組だぜ。ここでなー、あんたがキレイに映れば、ハヤシマリコって美人じゃん、っていうことになるけどよ、その反対だったら、やっぱりブスじゃん、っていうことになんだぜ。いってみれば、あんたのこれからの人生は、この『SMAP×SMAP』で決まるんだから。わかってんのかね」  はい、わかりました。  私はあれから本当に頑張ってダイエットしています。が、ある人が沖縄土産といって、サーター・アンダーギーをくれた。これは私の大好物の沖縄ドーナッツだ。私はこれを見ると頭がおかしくなる。我慢というものがふっとぶのだ。そして思わず、黒砂糖をたっぷり使って油で揚げたお菓子を二個食べた。体がとても敏感になっているらしく、なんと一日で一・二キロ増えた。そして私は一週間かけて一キロ落としていく。ああ、果てしないダイエット蟻地獄。  が、「SMAP×SMAP」のシェフがつくってくれたものは、すべて残さず食べるわ。私の目標は今、あのテーブルにあるのだ! ガンバレ、マリコ。 [#改ページ]   真夏の悲劇  美人というのはディティールに凝る人だということを、最近、私はしみじみと感じる。  夏がやってきた。素足の季節だ。私はすごくイヤ。私は足が太い。これはもうあきらめている。世間は、というよりも男の人は、足の太い女は許してくれるけれども、足の汚い女は許してくれないようなところがある。  私は夏が近づくと、いつもアリとキリギリスの話を思い出すのである。冬の間、タイツやソックスをはくのをいいことに、足の手入れを怠けていた私はさしずめキリギリス。そしてアリのように、真冬もせっせと足の手入れをしていた女の人が、夏は勝つのですね。  みんなで焼肉屋に行くことになった。あそこは座敷だったワと、すぐさまそういう計算をするのが私の悲しいところである。  居酒屋とか焼肉屋の座敷で、みんなでわいわいやっている時というのは、ぎっちり座るから、女の人のディティールに否が応でも目がいってしまう。  ふだんだったら目にすることのないカカトが、すぐそこにあるのですね。  私は自分のカカトを見た。いつもおざなりに、お風呂上がりクリームを塗るくらいなので白くヒビ割れているじゃないか。カサカサしている。こんなシロモノを男の人に見せてはいけないと、私はソックスを持参した。  こういうとこってイヤね。こんなに気がまわるぐらいなら、ちゃんとお手入れすべきだよね。  お座敷に座る女は私以外は二人、どっちもパンツ姿だが、足はちゃんと素足であった。私は隣に座った友だちの足を見た。綺麗《きれい》にペディキュアされているし、カカトもきれい。彼女はもてる人だから、恋人がいつもいる。きっと映画の『ナインハーフ』みたいに、男の人がこのカカトをなめたり、噛《か》んだりするんだろうなア……と、ついエッチなことを考えた。私なんか、そんなことをされると困るわ。カサカサしてるから舌にひっかかっちゃうかも、と想像して、私は顔を赤らめた。  本当に一日も早くネイルサロンに行って、ペディキュアしてもらわなくっちゃ。いつも姑息《こそく》なソックス女じゃ悲しいわい。やっぱり男の人がムラムラするのって、こういう生カカト、生ヒジを見た時に違いない。  とにかく私のコンプレックスは足に集中している。もうちょっと前まで、ムダ毛という大問題も抱えていた。若い時は、男の人に急にそういうことを誘われる、という素敵なこともあったが、ムダ毛のことを考えてお断りしたというケースも多々あった。  これは以前お話ししたと思うが、明日からグアムに行くという夜、ムダ毛取りクリームを買ってきて、真夜中に塗り始めたことがある。ここが私のだらしないところであるが、最初から説明書をちゃんと読まないところに、悲劇のモトはあった。  説明書にはこう記されていた。 「五分たってチューインガム状になったところで毛足にそってさっとはがしてください」  チューインガム状だって! もう遅いよ。クリームは私の足の上で、石膏《せつこう》状に、カチンカチンに固まっている。叩《たた》くと、ピンと音がする。これをどうしろっていうんだ。金ヅチでも持ってこなきゃ割れないぞ。  私はキッチンから包丁を持ってきて、柄のところで叩いた。少しヒビができた。少しずつ割って、はがしていく。その痛いこと、痛いこと。毛にそって血が流れていく。  わーん、どうしよう。もう一時を過ぎている。明日は、朝の七時に家を出て成田に行かなきゃならないのに、私の足は石膏の像みたいだ。  格闘三時間かけ、私はそれを割ってはがした。グアムの海で、真っ赤に腫《は》れた私の足は、そりゃあみじめだった。  大人になり、お金が出来てまずしたことはエステでやる脱毛ですね。まだレーザー脱毛が出来ていなかった頃で、一本一本、電流を通すやつだ。ものすごくお金と時間がかかった。両足と両脇で、三年間はかかったんじゃないだろうか。  そして私の足は、一応つるつるになったのであるが、これに油断してついいろんなことがおろそかになったのですね。ま、いいか。私はもう年増になったので、生アシはパンツのときくらいであろう。ふだんはメッシュでごまかそうと、私は心を決めた。  このところ靴をやたら買いまくっている。服も買うが靴も買う。皆さんおわかりのように、今年は靴がガラッと変わった。ヒールが細くないと、すべてのことが台なしになってしまう。私はわが家の靴箱を開けた。私はすっごく靴を持っているが、おととしも昨年のも、みんなヒールが太いのだ。今年のとまるで違う。いっそのこと、全部とっかえたいくらいだ。テツオに相談したら、 「一応とっといたら、きっと三年後くらいにまたそのヒールが流行《はや》るかもしれないよ」  でも、そんなことは起こりそうもない。足デカの私は、細いつま先のパンプスがきつくてきつくて、いつも同じのばかりはいている。新しいのは慣れるまで、拷問の日々だ。  夏は本当に足で苦労する。しかし、そんな苦労は絶対に知られてはいけないのだ。 [#改ページ]   まつ毛ってやつは…  若い頃、私のチャームポイントはまつ毛であった。すごく長くて濃くて、しっかりとマスカラをつけると、 「つけまつ毛でしょ。本物じゃないよね」  と皆に言われたものだ。  しかし最近トシのせいで、まつ毛にすごく元気がない。薄くなったうえに、ぐたっと下を向いてしまうのだ。いつもメイクしてくれる人から、 「ハヤシさんのは、すぐコンニチハするまつ毛だね」  と言われてしまった。  そんなワケで、銀座に出たついでに「ブーツ」で、まつ毛アイロンを買った。さっそく使い始めたのであるが、なんかうまく立たない感じである。そんなわけで、ビューラーにうんと力をこめる私だ。  ちなみに私は、最近アイラインにとても凝っている。今までは入れなかったか、せいぜいペンシルだったけれども、最近はリキッドがお気に入りだ。細く細く入れて、その上をペンシルで調整する。このラインは、美人になれるかどうかの分かれめだよね。  マスカラは絶対に欠かさない。たとえファンデーションは手を抜いても、マスカラは絶対にします。  そういえば、男の人というのは、このビューラーにものすごい興味を示すみたいだ。昔、恋人の部屋にお泊まりして、ポーチからいろんなものを取り出す時、口紅やコンパクトには無関心だった男の人が、ビューラーを手に取ってしげしげ眺めていたのを憶《おぼ》えている。あのカタチが、ものすごく変わった、ハードなものに見えるみたいだ。  女の人というやわらかいものをいじるのに、こんな小さな拷問器具みたいなものを使うんだね、と思ったに違いない。  ところで話は変わるが、私はつい最近アイドル女優さんと一緒に記者会見をした。私の書いた恋愛小説が今度映画化され、その主演女優が、今をときめく田中麗奈ちゃんだったのだ。  可愛いーなんてもんじゃない。透きとおる肌に、頬がほんのりバラ色。そしてあのキラキラ光る、きゅっと上がった大きな瞳《ひとみ》。信じられないのは、まつ毛の長さであった。まばたきをするたびに、バサバサと音がしそう。  私はつくづく思った。長いまつ毛というのは、深い陰影をつくるんだよね。目を伏せた時というのは、女の人が無防備になり、とても美しく見える一瞬だ。なんといおうか、男の人の心の中に、何かがめばえる瞬間だ。この時にこんなに長いまつ毛と、キレイな肌を持っていたらどんなにいいかしらん……。  私は仕事柄、いろんな美人に会うけれども、美人というのはたいていまつ毛が長いですね。それは、 「美人イコール目が大きい、大きな目を守るためにまつ毛が発達する」  という法則が成り立つかもしれない。汚い話ですが、空気の汚れたところに住むとハナ毛が伸びるのと同じ原理かもしれない。  私の友人でモデルをしているコがいるが、このあいだお出かけする時、彼に車で送ってもらっていたそうだ。中でせっせとお化粧をした。よせばいいのにビューラーをしている最中、彼が急ブレーキをかけ、前のめりになった。すごく痛くて、案の定何本もまつ毛が抜けてしまったそうだ。可哀相だけれども笑ってしまった。  私はよくタクシーの中で化粧をするが、いくつかのルールを決めている。まず、どんなに忙しくても、ファンデーションはうちで塗っていく。リキッドの場合、手が汚れたり、シートにこぼれることがある。何よりもファンデーション関係というのは、リキッド容器、白粉《おしろい》の箱、パフなどカサ高い。だからこれらはさっさと家で済ませる。  そしてこれが肝心なことですが、ビューラーは絶対に信号待ちの時に。車が走っている最中にあれを使うのは、あまりにも危険が大きい。  こう考えてみると、女にとってまつ毛を上げるというのは、かなりむずかしい作業だと思いませんか。化粧で、他にすることといえば、塗る、線をひく、この二つしかない。まつ毛を上げるというのは、まっすぐのものを曲線にする作業なのである。そりゃあいろいろ苦労するのも当然かもしれない。  そうそう、まつ毛というのは第二の目でもある。眠っている時、目の代わりに女の顔を彩ってくれるのはまつ毛しかないんだものね。男の人が、女の人の寝顔で何を見るか、何に惹《ひ》かれるかといったら、これはもうまつ毛なんですよね。  まつ毛は本当に大切。麗奈ちゃんのような濃さと長さはとうてい無理としても、何とかもっと増やしたい。  ヘアメイクの人が、こんなことを教えてくれた。某有名中年女優の仕事をすることになったんだけど、彼女はバリバリに整形してるので、あんまり気が進まなかったんだって。そして行ってみてびっくり。まゆ毛は今、流行の入れ墨がちゃんと入ってて、目はしっかり深い二重だし、アイラインの入れ墨もしてあった。何もする必要がないくらいだったんだって。ふーん……。じゃ、マスカラの必要もないくらい? と聞いたら、そうと答えた。でもあれをしない朝も、淋《さび》しい気がするなあ……。 [#改ページ]   生キムタクに接近  今日はいよいよ「SMAP×SMAP」の収録日である。  私は賞品のシャンパン二本を持ち、小田急の急行に乗った。「SMAP×SMAP」出演が決まって以来、 「ハヤシさんは、キムタクにキスをするつもりなんでしょう。図々しいわね」  といろんな人に言われたが、私はそんなことをしません。考えただけでもハズカシイ。そんなわけで賞品はシャンパンにした。 「そりゃそうだよ。君にキスされるのと、缶ビールとどっちがいいかって言われれば、誰だって缶ビールの方を選ぶもんな。ましてやシャンパンなら大喜びだよ」  夫は憎らしいことを言う。  しかしやさしいのはテツオで、心配だからついてきてくれるというのだ。向こうのスタジオで待ち合わせをした。  メイクを済ませ、いよいよ本番だ。スタジオの片隅でテツオと待っていたら、シェフの格好をしたキムタクが入ってきた。本物のキムタクは、思っていたよりもずっと背が高い。あの生キムタクが、私の一・五メートル先にいるのだ。が、彼は私に気づかず、スタッフの人と喋《しやべ》っている。  やっと隙を見て接近する。 「コンニチハ、ハヤシです。今日はよろしく」 「あ、どうも」  ここで驚くべきことが起こった。キムタクはテツオの姿を見て、親し気に声をかけたのである。 「どうしてテツオ(と呼び捨て)が、ここにいんだよオ」 「同伴だよ」  と、これまたテツオも馴《な》れ馴れしく答える。 「うちの店は、そんなことしてないぜ」  とキムタクが冗談を言った。なかなかセンスがいいワと、胸がキューンとなる。  スタジオの中はとても広い。あの二階もとても大きなもので、本当にレストランが出来るぐらいだ。  下を見ると、キムタク、カトリ君、ゴロー君、クサナギ君たちが料理をしているではないか。それを見下ろしている私。なんかすっごく贅沢《ぜいたく》な気分ね。  キムタクは私のために、トンカツを揚げていてくれた。手つきがすごくいい。ゴロー君は豚肉をスライスしている。ここがあの「SMAP×SMAP」のキッチンなのね。  そしてスタッフの人が言った。 「ハヤシさん、『SMAP×SMAP』のメンバーは、試食っていうことでたくさん食べます。これで夕飯を済ませますので、ハヤシさんもご一緒に召し上がってください」  あーら、そうなの。テレビの中ではちょっと料理に箸《はし》をつけるだけだと思っていたが、本気で食べるのね。  やがて私の横にナカイ君、その隣にキムタク、カトリ君と座り、反対の隣にはゴロー君、クサナギ君と座った。スマップに囲まれてご飯を食べるのは、そお、私よ、私なのよ。  が、これといって話題もなく、私は黙々と食べる。彼らも食べる。すごいスピードでおいしそうに食べる。 「お弁当は食べないの」  とナカイ君に尋ねたら、 「弁当も食べるけど、こっちも必ず食べますよ」  ということであった。私は彼らのつくってくれた料理を、ちゃんと残さずたいらげました。  モニターを見ていたテツオによると、 「すっごい形相で、すっごい食欲だったんでこわかった」  ということであった。  さて、どんな料理だったか、どっちに軍配が上がったかは放送日前なので言えません。八月六日らしいから、ちゃんと見てね。  さて収録が終わって、多くの人に聞かれた。 「みんなとどうだった、仲よくなれた?」  ひと言でいうと、年下の男のコたちにさんざんおちょくられた、という感じかしら。 「カトリ君って、すごく大きいのね。胸板も厚いし」  と言ったところ、触ってくださいと胸を張った。 「ついでにキムタクもどうぞ」  とナカイ君。私は(仕方なく)触りました。 「あんた、さんざん触りまくってたね」  とテツオに嫌味を言われたけど、私、そんなつもりはまるでない。ただ言われたとおりにしなきゃいけないと思ってただけなのに。ひどいわ、誤解よ。  が、もうひとつ盛り上がりにかけたといおうか、噛《か》み合わなかったのは、彼らが私のことをまるっきり知らなかったということではなかろうか。そりゃ、そうよね。小説家のオバさんなんか、若いスターたちが知っているわけないわよね。  でもいいの、シャンパンと共に、私はマリコ人形のストラップを渡した。どうかこれで、彼らが私のことを憶《おぼ》えてくれますように。どこかで会ったら、ニコッと笑ってくれますように。  帰りはタクシーでテツオと帰った。疲れたけど、とにかくお腹がいっぱい。スターを見て、心は満足、お料理でお腹も満足。「SMAP×SMAP」って両方充たしてくれるものだったのね。 [#改ページ]   男・コート説  仲良しのサイモンさんが私に言った。 「美人と離婚した男って、次は必ずブスと再婚するのよねぇ。ほら、歌手の○○とか、俳優の○○とかさ」 「でもイシバシなんかは違うんじゃないの。キレイな奥さんの後はホナミだよ、天下の美女だよ」 「でもさ、今度再婚した○○なんか、やっぱり奥さん、ちっとも美人じゃないよ。確率からしたら、多いわよ」  サイモンさんによると、この定義は同棲《どうせい》においても使えるようだ。そういえば、女優さんとの同棲に破れた後、ブスということはないけれど、スタイリストやヘアメイクといった、地味な職業の人と結婚する俳優さんは何人もいる。  やっぱり美人というのは、一緒に暮らすと疲れるんだろうか。これはある女優さんの話なのであるが、まわりの人によるとぞっとするくらい性格が悪いんだそうだ。わがままなんてもんじゃない。何かあると、ヒステリックに自分の主張を通す。家事なんかまるっきりしない。気を遣うとか、気配りをする、ということがまるっきり出来ない女の人なんだと。  でも女の目から見ても、本当に綺麗《きれい》だ。肌は透きとおるようだし、大きな目には思わず吸い込まれてしまいそう。この人、ふつうの職業の男性と結婚しているけれど、大丈夫なのかなあ、なんていうのは余計なお世話であろう。あれだけの美人を家の中に置いて、ベッドも共に出来る。その幸福を考えれば、多少性格が悪くても、どれほどのことがあろう。ちやほや甘やかすということに徹して、耐えられなくなったら、遅めに家に帰れば済むことだ。  それはともかく、最近私のまわりで、離婚する男性が続出している。ついこのあいだも、仲のいい人たちで食事をしている最中、Aさんが、みんなに発表というかたちでこう言った。 「先月をもって独身になりました」  しばらく沈黙があったが、それはそれ、都会に住んでいる自由業の集まりである。 「あーら、いい話じゃない」  と、女友だちが口火を切った。 「これで私にもチャンスが来た、っていうわけよね」  彼女も十年以上前に離婚しているのである。誰かが言いだして、テーブルの人たちを調べてみたところ、テーブルを囲んでいる十人のうち、離婚歴のあるひとり者が四人、再婚しているのが二人、まるっきりの独身が二人であった。 「十人中六人って、やっぱりかなりの確率だよね」  ということになったのであるが、私もやっぱりちょっとウキウキした夜であった。これで私のまわりの独身がひとり増えたことになる。それが、なかなかよい男性なのでなおさら嬉《うれ》しい。 「これからもっと仲良くしようね。いろいろ誘うからね」  と私は隣に座っていたその彼にささやいた。 「これからパーティの時なんかは、○○(彼の名)夫人っていうことでつき添ってあげる」  と言ったら、彼は苦笑していた。そりゃそうである。彼の別れた奥さんを私も知っているけれど、とても品のいい美人であった。あの人の代わりというのは、ちょっと図々しいかも。  しかし、何というんでしょうか、離婚したばかりの男の人というのは、ちょっと淋し気に弱々しくなっていて、とてもいい感じである。テーブルの誰かが聞いた。 「それで誰かいて、すぐに再婚するの? それともずうっと独身を楽しむの? 言ってみれば、石坂浩二型か、小泉総理型かっていうことだよ」 「もちろん僕は小泉総理型だよ」  と彼が答えたので、私はますます嬉しくなった。そしてこの人と、週末を利用して、海外に遊びに行く計画を立てたのである(もちろんグループ旅行ではあるが)。なんていおうか、もし彼に奥さんがいたならば、こんなにフットワークを軽くすることはなかったかもね。  そう、ついこのあいだのことだった。離婚していてすごくカッコいいナ、と思う男の人と飲んでいた。私は半分冗談で、いろいろコナをかけました。するとその男の人は、こう言った。 「だけどハヤシさん、あなた結婚してるじゃないか」  一種の逃げ方策であるが、私は怯《ひる》まずこう言った。 「あなたがちゃんと約束してくれるんだったら、すぐに別れるわよ。でも、約束が何もないもん。だって新しいコートを買う前に、古いコートを捨てる人はいないでしょ。紙袋から取り出して、新しいコートのタッグをとった後、確実に自分のものになった、ってわかってから、人ははじめて前のコートを捨てるものよ」  一緒にいた女友だちが言った。 「二着のコートは、しばらくクローゼットの中で同居しているものじゃないかしら」  ここまで言っても、その男の人はただ笑っているだけでした。 角川文庫『美女入門 PART3』平成16年6月25日初版発行